(2008年新春小噺)
茄子を収穫していたら、大きな鷹に攫われて、富士山に捨てられる、
という夢を見た。
「ぅわぁ!!」
落ちる浮遊感に目を開けば、直後に背中を打つ痛みを感じた。俺はベッドから落ちていた。
「……正月早々なんて夢だよ」
打った背をさすりながら起き上がる。素っ裸なので寒い。
すぐにベッドに戻ろうと思ったが、……デカイ図体をした男が俺のベッドを陣取っているじゃないか。
「あの……カカシさん、ちょっと避けてもらせませんか?」
声をかけても、熟睡をしている男は規則正しい寝息を繰り返しているだけだ。
まあ無理もない。
男は2週間の任務を終えるとその足で俺の元へ来た。その後、眠りもせずに明け方近くまで俺を抱いていたのだ。
疲れていてもしょうがない。というか、俺の元に来た時は既に半ば意識がなかったのではないか。
いつもはへにゃっとした男がやけにギラギラしていた。
思い出すと、カァっと顔に血が昇るのがわかった。
(……もう布団はいいや)
これ以上温まる必要はない(汗をかいてしまう)。
とりあえず手近にあった半纏をひっかけて風呂場へと向かった。
簡単に雑煮の用意だけをして居間に戻ると、男は先ほどと全く同じ体勢で寝ていた。
「先にお雑煮食べてますねー」
独り言のように呟き、箸をとった。
(やっぱり御節を用意しておけば良かった)
正月らしいものといえば雑煮しか用意していなかった。そもそも男の任務終了予定は年明けのはずだったのだ。
一人で年越しを迎えるのはいささか寂しい。なので俺も昨日(大晦日)まで働き、正月休みも今日だけしかとっていなかった。
(休みもせめて明日までもらえば良かった)
正月の勤務は毎年クジ引きで決まるので申請したからと思えるわけではないが、今年は自分から正月勤務を立候補しただけにそのことが少し悔やまれる。
「さて、どうするかな」
明け方近くまで起きていたのでいつもよりは寝過ごした、と言ってもまだ昼前だ。
初詣にでも行こうかなと考える。ああ、その前に慰霊碑に年始の挨拶に行かなければ(毎年の習慣なのだ)。
着替えていると、玄関先の郵便受けがガコンと鳴った。
「……毎年増えるなあ」
郵便受けから取り出した年賀状の束に「おぉ」と感動しそうになる。
郵便配達の人も丁寧に3つの束に分けてくれていた。
一つ一つに目を通しながら、ふと見慣れた文字が目に留まった。
(サクラ……)
元教え子の丁寧な文字にフと頬が緩む。けれど、宛名がよろしくなかった。
『はたけカカシ様』
「なんで?!」
思わず声をあげてしまい、その声にベッドで眠る男が僅かに身じろぎをする。
慌てて口を塞ぎながら、どうしようもない気恥ずかしさにしばらくその年賀状を握ったまま突っ伏してしまった。
……配達の人もちゃんと此処に届けるなよな。
カカシさんとの仲を隠しているわけではないが、このように公然と認められるのは……やはり恥ずかしい。
次の年賀状をめくれば、きちんとサクラから俺宛への年賀状があった。
裏面の端に、『来年は連名にして一枚で出しますね』と書いてある。
想像するだけでますます頬が熱くなる。来年は覚悟しないとな、ひっそりと心に決めた。
「イルカ先生、お出かけ?」
年賀状に目を通し終え、お茶でも入れようかと立ち上がったところで声をかけられた。
「もう起きますか?」
「ん〜、どうしよう?」
振り向くと、男が布団に頬杖ついてつまらなさそうにこちらを伺っていた。
目は覚めているようなのでお茶を入れるのは止め、ベッドの側に腰を下ろした。
正座をし、姿勢を正す。
カカシさんは驚いたように目を開いた。
「どうしたの?」
そのまま膝に手を置き頭を深々と下げる。
「あけましておめでとうございます」
「あ!!」
素っ頓狂な声を聞きながら更に続けた。
「本年もよろしくお願いいたします」
「ちょっと待って!待ってよ!俺も!!」
慌ててベッドから降りた男が俺の前で同じように正座をした。
そしてそのままガバリと頭を下げた。
「不束者ですが、末長くよろしくお願いします」
三つ指でも突きかねない勢いだ。あまり新年の挨拶っぽくはない。
起きたばかりの男は当然素っ裸でもある。
そんなフリチン男に俺はよろしくされてしまうのか。
一年の計は元旦に有りと言う。
この目の前の現状に、今年一年がどんなものか、とてもよく解った。
……ああ、初夢も縁起が良かったことだし、今年は良い年になりそうじゃないか。
(完)
(2008.1.2 ブログ掲載)
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