※「執行猶予3日」(web拍手連載中)のその後の二人。すっかりできあがってます。



醒めない夢





「あ、忘れてた」
玄関先で見送る背中が2・3歩離れただけでピタリと止まる。
そのままこっちを振り返り、俺を素通りするとズカズカと家の中に戻っていった。
「?カカシ先生?」
忘れ物でもしたのだろうか?どうでもいいが、さっさと行ってくれないかな。立っているのもそろそろ限界なんだ。
玄関の門柱に寄りかかってため息を吐いた。それだけで鈍く腰が痛む気がする。
カカシ先生との行為に体未だ慣れないでいた。
昨晩もカカシ先生の家に連れ込まれ、結局朝まで寝かせてくれやしなかった。
(相変わらずすげーよなー・・・)
体は慣れちゃいないが、カカシ先生自身には随分と慣れた気がする。嵐を前に何をしても無駄だと悟った。
所詮出きることと言えば嵐が通り過ぎるのを身を潜めて待つのみ。
下手な抵抗は自滅を招くだけだ。
「カカシ先生?本当に任務遅れますよ」
朦朧としつつある意識をなんとか留めつつ呼びかけた。
カカシ先生は今日から2・3日里を空けるそうだ。本人には絶対言わないが、一人寝を存分に謳歌できると思うとちょっと嬉しい。
この手の嬉しさは付き合う以前と変わらなかった。変わったとすれば「帰ってくるな」とは思わなくなったぐらいか。
(あー・・・本当に限界かも)
もう立ったまま寝ちまうか、と諦めかけた刹那、ボタリと妙な音が聞こえた。

・・・ッ?!!

沈みつつあった意識が一気に浮上する。とてつもなく嫌な予感がした。
「ごめん、この子のこと忘れてた。イルカ先生、よろしくね」
戻ってきたカカシ先生が俺の顔を覗き込みながら言う。その隣からはさっきまではなかった不穏な気配を感じた。
とてもじゃないがカカシ先生と目を合わせられなかった。さっきから歯の根も噛み合わず、返事など出きる状態ではない。
(嫌だ、絶対嫌だ)
精一杯の否定をこめて首を振るもカカシ先生はそんなのお構いなしに隣に語りかける。
「ほら、ドロシーちゃんも、イルカ先生の言うこと聞いてちゃんと良い子にしてるんだよ?」
「む・・・無理です!無理!絶対無理・・・!」
震える手でカカシ先生の胸に縋りついた。カカシ先生の隣に居るアレから精一杯目を背けながら。
「大丈夫。ちゃんと言い聞かせといたから」
「なんで、今までそんなこと・・・!」
これまでもカカシ先生が里を空けることは何度かあったが、俺に・・・ドロ・・・ドロシーちゃんを頼んだことは一度もない。
どこで飼ってるか知らないが、別に俺が世話をせずとも・・・。
俺が恐怖に震えているというのに、カカシ先生はそんなの何処吹く風で涼やかな顔をしている。
「事情が変わった。今までは放っておいたんだけど、ほら、ドロシーちゃん元野良だから逞しいし、餌も自分で捕れるから」
「じゃあ、別に俺に頼まなくても・・・!」
「この前、里に戻ったら保健所に連れて行かれてた」
「え?!」
「今度野放しにしたら毒殺だって」
「ええ?!」
「だから、お願い。こんなこと頼めるのあんたしかいない」
そう言って、ニコリと笑う。
なんでそこで笑うんだよ!思わず頷きそうになるだろ?!俺、弱いんだよ、この顔に!!
「餌をあげに来てくれるだけで良いから」
根性出して首を振った。ダメだ、ここで負けるな。いつかの惨事を思い出すんだ、イルカ。三日間の貫徹フルマラソン、あの時はまだ体力があったが、今の状態では絶対無理だ。
今度こそ死ぬぞ。
「・・・俺じゃなくても・・・」
「この家にあんた以外をあげる気はない」
「だったら・・・!」
他にも方法はいくらでもある筈だ。落ち着いて考えれば・・・。
だが、隣からは低い唸り声と満ち満ちた殺気、とてもじゃないが落ち着いて考えられる状況じゃない。
それにカカシ先生が言ったのだ。

「ドロシーちゃんだから、お腹空いたら里の人間を喰いかねないよ」

俺は負けた。
仮にも俺は中忍。危険を知っておきながら見てみぬ振りは出来なかった。
っつーか、保健所ってことはアレだよな?既にドロシーちゃんは誰か襲ったことがあるんだな・・・・?
「ありがとう、よろしくね」
項垂れる俺の頭をカカシ先生が鷹揚に撫でた。
「心配しなくて良い。今回はイルカ先生は餌じゃないってちゃんと言っておいたから」
(・・・え?)
この人、何て言った?
今回は、だと?
じゃあ前回はなんだったと言うんだ!
俄か信じがたい言葉がジワジワと頭に沁みこんで来る。
「じゃあ、行ってきます」
顔をあげるより早く、撫でられていた箇所に軽く口付けをされた。チュっと言う音ともに顔をあげれば既にカカシ先生の姿はない。
もう涙がこみ上げてきた。
「カカシ先生・・・」
決して、カカシ先生が行ってしまった寂しさではない。
これからの我が身を考えると不安で溜まらないのだ。

「ああ・・・チクショウ・・・」

ボタリボタリと音が聞こえる。

ドロシーちゃんの涎と俺の涙の落ちる音が。




(完)