(2007年カカ誕小噺)
アニバーサリーな日々
「おう、おまえ今日は誕生日だったな。おめでとさん」
受付所から出るところ、すれ違い様に入ってきたアスマに肩を叩かれた。
「え?・・・ああ、そっか。どーも」
アスマの言葉で今日が自分の誕生日だということに気づいた。軽く礼を言い、またそのまま出ていこうとしたが、ふいに後ろで派手に椅子が倒れる音がした。
思わず振り向くと、イルカが顔面を蒼白にして立ち上がっている。
俺と目が合うと更に顔の色を無くした。いつもの健康的な色は抜け白い紙のようだ。
おかしいとすぐさま踵を返すが、その間にもイルカは俺から目を背け隣で受付業務に就いていた男の胸倉を掴んで震える声で言い募った。
「おい・・・、今日は何日だ・・・・?まさか、15日か・・・?おい、15日じゃねえだろうな」
「はあ?15日だろ?」
「何月の15日だ?!答えろ!」
「あぁん?!9月に決まってんだろ!!」
イルカに胸倉つかまれた男が鬱陶しそうにイルカの手を払う。俺のイルカを叩くなよ、ちょっとムカっとしたがイルカの様子が尋常ではないのでそれどころじゃない。
「イルカ先生?どうしたの?」
問うがイルカは俺の方を見ようともしない。しきりにブツブツと「そんな」とか「まさか」とか言っている。
「ねえ、本当にどうしたの?」
焦れて肩に触れると、イルカはビクリと大きく体を震わせた。
それからやけにゆっくりとした動きで俺に再び目を合わせた。
(あ、泣きそう)
ギュっと眉根を結んで、俺の好きな黒い瞳を揺らしている。
「カカシさん、俺・・・」
「うん?どうしたの?」
イルカが可愛い。いつも可愛いが、この可愛さはいつも以上だ。途端に心臓が騒がしくなった。声が震えそうになるのをなんとか抑えて問うと、イルカは更に顔をクシャっとゆがめた。
「今日、15日なんですよね・・・?カカシさん、今日、誕生日じゃ・・・」
イルカのか細い声は昨晩の光景を強烈にフラッシュバックさせた。
俺の体の下で喘ぐ様をありありと。
ああ、キスしたい。
吐息のように俺の名を呼ぶあの唇に吸い付きたい。なんで此処が受付所なんだ。此処じゃなければすぐにその体を抱き込んで、顔中に唇を落とすのに。
いや、それよりもこんな公衆の面前にこれ以上可愛いイルカを晒すのは癪に触る。
さりげなく自分の体でイルカの体を隠した。
「今日はカカシさんの誕生日・・・?」
「ん、そうだね」
ダメだよ、それ以上周りの奴らにその声を聞かせないで。
「ねえ、それより・・・」
俺の誕生日なんかどうでもいいからちょっと抜けよう、そう促そうとしたら、
ヒィィィ・・・・ッッ!!!!
悲鳴じみた声とともにイルカが顔を精一杯引きつらせた。
「な、なに?」
その形相に肩に伸ばしかけた手が止まる。イルカの隣に居た男も何事かとイルカを見やる。わ、バカ、俺のイルカをそんな風に凝視しないで。
「俺、なんてことを・・・・!だって、今日カカシさんの誕生日なんて・・・そんなの・・・!」
「うん、どうしたの?落ち着いて?お願いだから」
ちょっと・・・わけがわからないな。イルカが可愛いとかウットリしている場合じゃなさそうだ。
なるべく優しく肩に手を置いて顔を覗き込むと、イルカは辛そうに視線を落とした。
「だって、誕生日だって、俺、わす・・・忘れて・・・」
何を死にそうな顔をしているのかと思ったら。たかが俺の誕生日を忘れていただけか。
そんなの気にしなくて良い。俺もマメなアスマに言われるまで忘れてたし、何よりあんたそういう類の人だってのはちゃんと理解してるつもりだ。
数ヶ月前のイルカの誕生日を思い起こす。
イルカだって自分の誕生日を忘れていた。
俺がケーキを持って訪れても、この人は全然無反応だった。食後に二人でケーキを食い、皿洗いをしていると、そこでようやっと「そういえば、なんで今日はケーキだったんです?」と臆面なく聞いてきた。
この時ばかりはさすがに吃驚した。ケーキにはちゃんと「HAPPY
BIRTHDAY! IRUKA!」とチョコレートの文字で書かれていたのに。
まあ俺も照れくさく面と向かって「お誕生日おめでとう」とは言わなかったが・・・。
誕生日だからと説明するとイルカは「あれ文字だったんですか?!模様かと思ってました!俺、横文字全然ダメで・・・」と中々ショッキングなことを照れながら言った。
そんな人だ。
他人の誕生日を気にする姿を見たことがない。祝日すら忘れアカデミーに出勤もする。
そんな人なのだ。
これでどうして俺の誕生日を覚えているなど思えるだろう。
「別にいいよ。誕生日くらい・・・」
「よかないです!!!」
本気で気にする必要はないのに、途端にイルカに吠え付かれた。
「良いわけない・・・!俺だってカカシさんの誕生日を祝いたいのに・・・!!ああ、もう・・・なんで俺はこうなんだ・・・!!」
「あ・・・、うん、そう言ってくれて嬉しい。ありがとね」
とりあえず礼を言う。だがイルカはもはや聞いちゃいない。
「ダメだ、俺はなんてダメな奴なんだ!!」
「おい、イルカうるせえぞ」
「仕事する気ねえならあっち行け」
一人悲観にくれるイルカの横で各方面から突っ込みが入る。
この状況ではさすがに・・・彼等の方が正しい。俺はイルカの腕を掴んで受付所を出ることにした。
仕事半ばで退出するイルカを止める者はもちろん居ない。「よろしくお願いします」と頭を下げられた。
「ねえ、イルカ先生。本当に気にしなくて良いよ?」
とりあえず裏庭のベンチにイルカを座らせた。項垂れた肩はいつもより一回り小さく、俺の為すがままでやっぱり可愛い。
「それに俺の誕生日まだ終わったわけじゃないでしょ?これから一緒にお祝いしましょう?イルカ先生がおめでとうって言ってくれるなら、俺はそれだけですごく嬉しい」
「カカシさん・・・」
ふわぁとイルカが顔をあげる。
「俺なんかに、そんな優しいこと・・・」
「イルカ先生にだから優しいの。ね?それに、俺、本当に嬉しいよ。俺の誕生日をそんなに気にしてくれてありがと。だから、そんな泣きそうな顔しなーいの」
両手で頬を挟みこむと、熱が戻ってきてるのがわかった。青白かった頬にポポっと色が戻る。。
「カカシさん、カッコイイ・・・・」
ウットリとそんなことを言った。
「ん?惚れ直しちゃった?」
どうやら俺は上手くやったらしい。イルカの赤くなった目元にそう確信したというのに・・・・。
「俺は、こんな素敵な人になんて失礼なことを・・・・!!」
(しまった!)
気づいた時にはもう遅かった。イルカは半ベソかきながら驚くべき速さで走り去った。もちろんすかさず追いかけた。
そこからは、もう俺はイルカを慰めることを止めた。ここまでテンパったイルカを見るのは初めてで新鮮だというのもあるが、思い込んだらどこまでも一直線な人だ。
俺が何を言っても聞いてはくれないだろう。
イルカはどうも俺の誕生日祝いをしてくれるらしい、俺の好物を買いにまずは魚屋へ走った。
『秋刀魚〜三匹二十両』
旬な魚は安い。イルカはそれが気に食わなかったらしく「どうか千両で売ってください!!!」と無茶苦茶なことを言って魚屋の店主を困らせた。
貧乏なくせに・・・、そもそもイルカの財布には百両以上入ってることは滅多にない。
どうやって払うつもりだったのか。
その後、八百屋でも茄子の値上げを要求し(もちろん断られていた)、既にシャッターを下ろしていたケーキ屋の戸を叩いたりと色々やらかしていた。
その度に店には丁重に詫びを入れ(イルカが去った後に)、イルカが商店街を後にする頃には俺も謝り疲れていた。
「イルカ先生、ありがとうございます」
バースデーケーキ代わりに蝋燭を突き刺した饅頭を前に礼を述べた。
可哀想に、イルカはまだ項垂れていた。いつもは清清しいほどおおざっぱで男前なこの人が、俺のせいでその快活さをかなぐりすてる。
イルカに悪いが、俺はとても嬉しい。
それに、その姿にはいつにない色気が見え、さっきからどうも落ち着かない。
イソイソとちゃぶ台をまわってイルカの側に腰を下ろした。そのまま縮こまる肩を抱き寄せ顔を覗き込む。
「あなた・・・!なんて顔してんの・・・!」
思わず噴出してしまった。
子供みたいに目に涙を溜めて、唇かみ締めてのしかめっ面。なんて可愛いんだ。
笑うと恨みがましい目で睨まれた。
「何がおかしいんですか・・・っ?!」
「だって、イルカ先生さっきからすごい可愛いもん」
イルカが嫌がるだろうし、さすがに「可愛い」とは言える雰囲気じゃなかったので我慢していたが、もう無理だった。
可愛い可愛いと連呼しながらイルカを抱きこんだ。
(あー最高)
いつもは盛大に照れながら逃げるのに、今日は少し体を強張らせるだけだ。
嬉しくてギューギュー締め付けるとさすがに苦しそうに「グェ!」と啼いた。
「アハハ、蛙みたい!!」
「カカシさん、もう!ふざけないでください!ちゃんと怒ってくれないと・・・」
「怒るって、何で?」
「何って、・・・俺、忘れてたんですよ?カカシさんの誕生日・・・、カカシさんは俺の覚えててくれたのに・・・!」
「いいよ、そんなの期待してなかったし」
「ど・・・どういう意味ですか?!」
やっとイルカに覇気が戻ってきた。うん、落ち込んでるのもいいけど、元気なのはそれはそれで大変結構。
「あなたみたいな無骨者にそんな細やかな神経があるとは思わないってことですよ」
それでも惚れた。
一生懸命に信じた道を突っ走るあんたが馬鹿馬鹿しくて不憫で目が離せなくなって。
あの真摯な態度が俺に向けばと何度眠れぬ夜にもんどりうったことか。
「大好き、イルカ先生」
別に誕生日なんてどうでも良い。
イルカが俺の側に居てくれるなら、それ以上に望むことはない。
あなたに出会って恋をして、気持ちを捧げて、受け入れてもらって、俺は毎日感謝してる。
「・・・俺だって好きです。無骨者ですけど」
「はい」
「・・・お誕生日おめでとうございます」
今日のこの日に改めて、生まれてきて良かったと心底思う。
「ん。ありがと」
「忘れてて、ごめんなさい」
「それはもういいって」
「来年こそは、ちゃんと祝いますから・・・!」
「アハハ、期待しないで待ってます」
なんて嬉しいことを言ってくれるのか。来年も一緒に居てくれるつもりだと当たり前に口にする。
頬が緩むのを止められない。
イルカはそんな俺を見てムっとした顔をした。バカにしていると思ったのだろう。
「期待しててください!」
「え〜〜?いいの?そんな自分の首絞めること言っちゃって」
「もう忘れません!絶対・・・!!絶対、忘れるもんか・・・」
「はいはい」
ムキになるイルカを抱きしめて甘い会話を楽しむ。
だが、俺はイルカの性格を甘く見ていた。
「ちょっと、あんた何してんの?!」
イルカはおもむろにクナイを取り出した。迷わず自分の手首に押し当てようとする。
「離してください!俺は無骨者なんです!!これぐらいしなきゃ・・・!」
「待って!意味わかりませんよ!いきなりどうしたの?!」
今しがたの甘い空気はどこだ?!
そんなに無骨者呼ばわりしたのがショックだったのか?
自分の手首にクナイを押し当てるイルカを押さえつけるも、予想以上の力で抵抗される。
「どうせ俺は無骨者なんです!カカシさんの言う通りだ!来年もきっと俺は忘れてるんだ・・・!!だから、目に付くところに刻み付けとこうと・・・!離してください!!あなたのためでもあるんです!!」
一層強い力で押され、眼前で鋭いクナイの切っ先が宙を切っていく。危ねえ。
再度イルカの手首にクナイが押し当てられる。
「ここにカカシさんの誕生日を書いておけば・・・!俺だってさすがに忘れません・・・・!!」
「そういうのは書くとは言わない!!」
彫るって言うんだ、バカ。
イルカを羽交い絞めにしながら、来年は自分から言おうと決意した。
(完)
小説TOP
|