北風が容赦なく吹きつける。
(ああクソ、なんだってこんなに寒いんだ)
建て付けの悪い家屋のガタガタと揺れる音が一層不快感を煽る。
ヤツアタリ半分に空を見上げるとドンヨリと曇った灰色の空が圧し掛かってくるようだった。
なんてことだ。
雪までも降りそうじゃないか。
「クソ!」
腹の内だけでは納まらない憤りが口を突いて出てしまう。

俺は寒いのは嫌いだ。

「ちょっとカカシ!窓閉めな!!」
ムカついているところに更にそれを煽るような怒気を含んだ声が後から飛んできた。
振り向くと紅が背を丸めて鬼のような形相でこっちを睨んでいた。
「自分で閉めれば」
言うと今度は椅子が飛んできた。
避けるのも億劫だったのでそのまま後頭部で受けとめる。
木材如きに怯む俺ではない。
「あんた、私に喧嘩売ってんの?」
「そこまで暇じゃないね」
言いながら隣の窓も開け放つ。
大体この部屋空気澱んでんのよ。このままじゃ一酸化中毒にでもなりかねない。
ゴーゴーと大げさな音をたてて動くストーブも消してやろう。
「・・・お〜〜、さむ!って、なんでこの部屋窓開けてんだよ」
その時丁度アスマが部屋に入ってきた。
「さっさと閉めろよ」
偉そうに顎をしゃくって俺に窓を閉めろと指図する。
紅にしろアスマにしろ、なんでこんなに寒がりなわけ?
いや、こいつらだけじゃない。
この国の人間は皆寒がりすぎる。
チラリと窓の外へ目をやれば、外に居るものは皆モコモコと防寒対策バッチリの衣類を身に纏い、更に手には手袋頭には帽子、
それから、
「・・・マフラーなんかしてんじゃねぇぞ、コラ」
首にはマフラーら巻きつけられている。
ああヤダヤダ。
あんなもん首に巻いてたら動きにくいじゃないのよ。大してあったかくもないし?
ほんと無駄。
大体マフラーって何?
これ何語?
どこのどいつだこんなもんこの国に持ち込みやがったのは。
「何ブツブツ言ってんだよ、気色悪いやつだな相変わらず」
俺が窓を閉める気がないのがわかったのか、アスマがのっそりと近づいてきて窓をピシャリと閉めた。
その物分りの良い態度も妙にムカつく。
「そんなに寒いなら冬眠でもすれば?熊らしく」
ストーブの側に座る男を見やると、一瞬不快そうに眉を顰め呆れたように口を開いた。
「おまえこのクソ寒いのによくそんな薄着で平気だな」
「普通だよ。あんた等が異常に寒がりなだけでしょ」
「アスマ、あいつに取り合っちゃ駄目よ。バカが移るわ」
アスマの横の紅が俺に一瞥をくれる。
さっき窓を閉めなかったことを根に持っているようだ。
「バカだから風邪なんかひきやしないわよ。バカはバカらしく外で遊んでろってのよ」
「まぁ、それで風邪ひかねえってんだからほんとすごいわな」
好き放題言う二人を尻目に、俺はまた外へと目をやった。
ムカつくのはわかっちゃいるが行き交う人々の首に巻かれるマフラーに目がいってしまう。

あんなもん、なぜ首に巻くんだ。

俺は寒いのが嫌いだ。

首にマフラーを巻かなきゃいけないような寒さなんか、嫌いだ。

「カカシせんせー!」

物思いにふけっていると、いつのまにか向こうの方にイルカ先生がいた。俺に気づくと手をぶんぶん振り回しながらこっちへ走ってきた。
「イルカ先生!」
俺もすかさず部屋の窓から外へと飛び出す。
「カカシ!窓は開けたら閉めるんだよ!!」
後から紅の声が追いかけてきたが、あいにくそれどころじゃない。
イルカ先生が居るというのに、他のことなんかに構ってられるか。
互いに走りよりながら、イルカ先生の首元で柿色のマフラーを揺れているのがわかった。
途端に足が重くなっていく。
イルカ先生に逢えて嬉しい。
これは本当だ。
でも、ムカつく。

あんたの首に巻きついているその柿色のマフラー。
それを見るたびに胸の奥がギリギリする。

寒いのなんか、大嫌いだ。


「今日は寒いですね」
「ええ。この秋一番の冷えこみだそうですよ」
二人で家路へと急ぎながら何気ない会話を交わしていた。
日に日に寒くなっていく秋の夜だった。
「朝あんまり寒いんで、慌てて押し入れからマフラー出しました」
イルカ先生がマフラーに口を埋めている。
可愛いなあ。
子供みたいな仕草につい笑みが洩れてしまう。寒いのなんかどうでもよくなってしまう。
「ちょっと防虫剤臭い」
イルカ先生は眉を顰めて文句を言いながらも鼻までマフラーに埋めていた。
「あなた寒がりなんだね」
「そう・・・でもないと思ってたんですけど、年々寒いのが堪えてきちゃって。年かな」
「年かもね」
「カカシ先生は平気なんですか?」
「ん。俺は平気。若いから」
「俺よりも年くってるくせに」
チラっとこっちを横目で見るイルカ先生が可愛い。
マフラーに隠されて見えないけれど、その口元はきっと笑っているに違いない。
「上忍はね、年とらなーいの」
大真面目な顔を作って言うと、イルカ先生が眉を寄せて笑った。
「それはそれは。知りませんでした」
「勉強不足ですよ」
「精進します」
素直に頭を下げるイルカ先生を見ていたら、ふと、あーキスしたい、そう思った。
折りしも秋の夜は訪れが早く、1ヶ月前まではまだ明るかったこの時間帯も今は真っ暗で。
寒さのせいもあり人通りも少ない。
「・・・なんですか?」
何ってそんな野暮なことを。
前触れなくイルカ先生の肩を掴んだら思いっきり仰け反られた。
「キスさせてください」
別に隠す必要もないので正直に言うと、イルカ先生は瞬時に真っ赤になった。
逃げようともがく腰を引き寄せ、問答無用にキスを贈る。

モフ

けれどイルカ先生の暖かい唇の感触を期待していた俺の唇には、全然違うおかしな感触を味わうはめになった。
(モフ?)
イルカ先生の唇を遮った正体を確かめ様と少し顔を離した。
イルカ先生の目が少し怒ったように俺を睨んでいる。
そして口許には柿色のマフラー。
「マフラー外しなさいよ」
「寒いから嫌です」
言いながら更にマフラーを引き上げた。
「キスできないじゃない」
キっと更に強く睨み付けられた。まるで「しなくていいんだ」といわんばかりじゃないの。
首元から頬までガッツリ巻かれているマフラーに手をかけた。
無理に引き剥がしてもいいが、それもねえ。
淋しさ半分でモコモコとあまり手触りのよくないマフラーを指先だけで撫でた。
イルカ先生の口あたりを重点的に撫でながら、これを自分から外して欲しいなぁなんて願望を込めながら。
「・・・ケチ」
しばらくそうしていたがイルカ先生が折れる気配は一向にない。
ちなみにこの間、イルカ先生の右手は俺の顎を引き離そうとし、左手は俺のイルカ先生を撫でる右手の手首を掴んでいた。
イルカ先生なりに精一杯抵抗はしていた(あんまり意味ないけど)。
「わかりました。帰ってからのお楽しみにとっておきます」
体を離すとイルカ先生が安心したように息を吐いた。
「あ」
その姿にやっぱり無理にでもしてえなあと未練がましくマフラーを見ていたら、毛糸が一部ほつれてるのが見えた。
「イルカ先生、そこ、ほつれてるよ」
「え?」
「そこ、端っこのとこ」
指で示すと、イルカ先生はほつれを見つけ「あー・・・」と少し残念そうな声を出した。
「ごめんね。俺触り過ぎた?」
イルカ先生の様子に途端に罪悪感を煽られる。
頭を下げるとイルカ先生が慌ててそれを遮った。
「ちょ・・・、カカシ先生のせいじゃないですって!こんなとこ触ってもなかったじゃないですか!
 これは、ただ古いせいですってば!」
イルカ先生の様子に、ただのマフラーじゃないのかなと少し不思議に思った。
よく見たら、イルカ先生の言う通り随分と使いこまれているようだ。
他にもところどころほつれらしきものが見えるし、毛糸の編目も広がっている箇所がある。
(・・・手作り?)
それは既製品のようには見えなかった。
「もう7・8年くらい使ってるからなあ」
イルカ先生はブツブツと言いながらマフラーのほつれ部分を指先で持ち上げている。
正直驚いた。
マフラーなど決して何年も使うものじゃないと思っていた。
消耗品と言ってもいいんじゃないだろうか。
イルカ先生は確かに物持ちは良い。
そういうところもの好きなのだが、いくら物持ちがよくてもその機能を果たさないようなものを持つような人ではないはずだ。
じゃあ、そのマフラーは?
とてもじゃないが防寒性があるようには見えない。
なのになんで巻いているのだろうか。
嫌な気持ちが胸をよぎる。
「・・・誰かの手作り?」
何気なさを装って聞いてみた。
イルカ先生は驚いたように顔を上げ照れくさそうに笑った。
「まあ、そんなもんです」
耳が寒さのせいでなく赤くなっていた。
それ以上は何も聞けなくなった。


それから毎日、イルカ先生の首にはあの柿色の古いマフラーが巻かれるようになった。


「イルカ先生、今年もあのオンボロマフラーしてやんの」
キシシと笑いながらナルトが目ざとくイルカ先生を見つけた。
アカデミー近くで任務をしている最中だった。
「ほんとだ。イルカ先生の冬のトレードマークみたいなものよね」
ナルトの言葉にサクラも反応する。
「すげー穴ぼこ開いてんのに」
「そうそう。それをいちいち繕ってんのよね!イルカせんせーらしいわよね」
おっかしーと箸が転げてもおかしい年頃の女の子はケタケタと笑った。
俺はその会話をぼんやりと聞いていた。
もう何度もこの手の話しは耳にした。
皆、イルカ先生のあのマフラーを見つけると、「冬が来るわねえ」などと微笑ましく話す。
それほど、イルカ先生のあのマフラーはこの里に浸透しているのだ。
知らなかったのは俺だけか?
そんな被害妄想に襲われるが、それもあながち言い過ぎじゃない気がする程イルカ先生の冬=柿色のマフラーというのは定番になっているようだった。

(いやだ、なあ)

向こうのほうで動く柿色のマフラーに、体の内部が重くなるのを感じた。
これが何か、わかってはいるがどうしようもない。
くだらない嫉妬だ。
あのマフラーをイルカ先生に贈った者に対する、妬みだ。
一体どういう人物から貰ったのか聞いたわけではない。けれどあの時のイルカ先生の恥らうように染まった赤い耳が何か特別な意味を予感させた。
まだ少年と呼ばれるような年頃から身につけているという手編みのマフラー。
贈った人物に、少年は何かしらの想いを抱いていたのではないか。
考えるだけで胸が痛む。
イルカ先生とてこの25年、好きな女の一人や二人居ただろう。
そんなことは充分解っている。
解っちゃいるが、いざその事実を突きつけられるとやはり痛かった。
(バカめ)
そしてそんなことに胸を痛める自分が憎らしかった。
こんな自分をあの人が知ったらどうするだろうか。
くだらないと一蹴するだろうか、狭量な男だと蔑げずむだろうか、それとも困ったように笑うだろうか。

考えてもわからなかった。

「ほーら、おまえ等手がお留守になってるぞ。任務中に気をそらさなーいの」
柿色のマフラーから眼を逸らし、ナルト達を向こうへと追いやった。
ほっといたらナルトは任務を放り出してイルカ先生の元へ行きかねない。
ナルトは反発することはなかったが、チラリと不審げに俺を見て、先へ行ってしまったサクラ達を追いかけた。

 

「カカシ先生!雪!雪が降ってます!!」
勘定を済ませて外へ出ると一足先に店から出ていたイルカ先生は子供のように笑いながら空を指差した。程よくアルコールが周り火照った体にすら雪を降らす夜の冷気は身を震わせる程寒い。
(・・・勘弁してよ)
俺とは対照的にイルカ先生は寒いのも感じないかのように嬉しそうに笑いながら歩く。
「すげー!じゃんじゃん降ってくる!明日は積もりますね!」
「そう、ですね」
笑うイルカ先生に柿色のマフラーはよく似合う。

あれはそんなに暖かいのだろうか?

この寒さも感じさせぬほど、イルカ先生を守っているのだろうか?

気がついたら、前を歩くイルカ先生との間に幾分と距離が出来てしまった。
「・・・イルカせんせ・・・」
追いつかなければと思うのに、それ以上足はすすんでくれなかった。
寒かった。まるで凍りついたように足が動かない。
「カカシ先生?」
俺が立ちすくんでいると、それに気づいたイルカ先生が駆け戻って来た。
「どうしたんですか?」
「あ・・・すいません、ちょっと、寒くて・・・」
「寒い?」
俺の返答にイルカ先生がキョトンとした顔になった。
けれどすぐにふわりと笑って、

「じゃあこれ貸してあげます」

俺の首にあの柿色のマフラーをかけた。

「・・・ひどい」
胸に収まりきらない憤りが口から洩れでる。
酷い。
イルカ先生、あんたはほんとに酷い。
柿色のマフラーを握り締め、俺は本気で泣きそうになってしまった。
今までイルカ先生の首におさまっていたソレは確かに暖かかった。
間近で見て、思ってたよりもずっとボロボロだったのがわかる。ただのすりきれた毛糸のようだと思った。
なのにとても暖かい。

こんなに暖かいのならば、大事にしないわけないじゃないか。

腹立たしいと思った。イルカ先生にだって大事なものがあるのはわかる。けれど、あなたが好きな俺にはその事実がキツいんだ。
どうしてそれをわかってくれない。
「ほんと酷い。なんでこんな・・・・」
マフラーを握り締め呟くと、イルカ先生が存外だと言わんばかりに反論した。
「しょうがないでしょう。編物なんてしたことなかったんですから」
「え・・・・?」
「ヒドイのなんて言われなくても知ってます。どーせ俺は不器用ですよ」
フンっと鼻息荒くそっぽを向くイルカ先生の横顔を俺は呆然と見つめた。
「このマフラー、まさか自分で・・・?」
尋ねた途端、イルカ先生の耳が真っ赤になった。
俺の問いには答えず、そのまま歩き出した。
「待って!このマフラーあなたが編んだの?ねえ、こたえてよ」
慌てて腕を掴んで引き寄せると、イルカ先生は大人しく腕の中に収まった。
「・・・貧乏だったんです」
それでも逃げ出さないよう腕の力を強めると、イルカ先生はガクリと頭を垂れて話しはじめた。
「あの頃、一日の生活を送るのがやっとでした。食うのも大変な状態でとてもじゃないけど防寒着なんて買う余裕はありませんでした。毎日寒くて寒くて。俺、里から支給された服しか持ってなかったから。そんな時に、商店街で安売りされてた毛糸を見つけたんです。林檎一つ買うより安い値段でした。とりあえず持ってたお金で買えるだけ買って・・・って言っても3玉でしたけど、その足で大家さんに編み棒を借りに行きました。こんなマフラーですけど編みあがるまで結構時間かかったんですよ」
「・・・・・・・・」
なんというか、なんだ?面白い話か?
戸惑いながらイルカ先生のうなじを見下ろした。
マフラーのないイルカ先生のうなじはとても寒そうに見えて、これまでとは違う胸の痛みを感じた。
「どうして、話してくれなかったの?」
この問いにイルカ先生は「聞かなかったじゃないですか」などと無粋なことは言わなかった。
「情けなくて・・・」
「何が?」
「編みあがったマフラーはお世辞にも綺麗とは言えなかったんですけど、すごく暖かかったんです。マフラーなんて巻くの久しぶりで。俺はとても満足していたんですが、それを見た同僚達が皆言ったんです。誰に貰ったのかって。手編みのマフラーを貰うなんて、おまえもすみに置けないなんてからかわれて・・・・。とてもじゃないけど自分で編んだなんて言えませんでした」
「イルカ先生、それは」
「見栄を張ってたんでしょうね。ムキになって自分が編んだことを隠してました」
腕の中のイルカ先生が笑うのがわかった。
「先生、淋しかったの?」
「淋しかったんじゃありません、寒かったんですよ。ただそれだけです」
そう言って、腕の中のイルカ先生は身を捩った。俺の腕から抜け出ると、酒のせいか寒さのせいか、頬を赤く染め、ふて腐れるようにそっぽを向いた。
「さ、話は終わりです。早く帰らないと揃って風邪ひきますよ」
言いながら、スルリとマフラーを抜き取ろうとする。慌ててそれを引き止めた。
伸びきった毛糸のマフラーが俺とイルカ先生の間を緩やかに繋ぐ。
「・・・いらないんでしょう?」
それを見てイルカ先生は、ふて腐れた顔のままそんなことを言った。

(・・・可愛い・・・)

もう吃驚だ。なんて可愛い人なんだろう。
この人は、これまでずーっと自分の編んだマフラーを巻き続け、淋しくない振りをしてきたのだ。
誰もイルカ先生に新しいマフラーをあげようなんて人は居なかった。イルカ先生は誰からも新しいマフラーを貰うことはしなかった。
なんて意地っ張りな。
嘘ついて、必死で隠して、淋しがり屋なくせにそれを認めようとしない。
そんな人なのに。
この人はこのマフラーを俺の首に巻いた。
俺が寒いだろうと、自分の虚勢を後回しにしてくれた。
熱いものが込み上げてくる。
イルカ先生の気持ちが嬉しくて、必死で言い募った。
「要る!ちょうだい!!このマフラー俺にちょうだい!!」
だって、あんたにはもう必要ないはずだ。
俺にくれようとしたんでしょう?それは、もう淋しくないってことでしょう?
「あ、あげるとは言ってません!貸してあげるって言っただけです!」
イルカ先生は顔を真っ赤にさせた。けれど、拍子抜けするほどあっさりと、マフラーはするりとイルカ先生の手の平を抜けた。
「・・・俺のマフラー・・・」
なんなく俺の首に納まったマフラーをイルカ先生が呆れたように見つめる。
その顔に知らずに笑みが漏れた。
「大事にする。一生大事にする。だから俺にちょうだい。ね?」
「ちょうだいも何も、もうあんたの自分の物にしてるじゃないですか」
「ん。だって、あなたより俺の方がこのマフラー大事にするもの」
そうに決まってる。
この、自分のことを後回しにしてしまう性分の人は、俺が大事にするしかない。
「お願い」
俺のものにさせて。
あなたの過去を、俺と共に居る現在を、もっと先へと繋げさせて。
何度目かの懇願の後、イルカ先生はまだ俺の首にかかっているだけのマフラーを丁寧に巻きつけてくれた。
「そんなに暖かくないですよ。要らなくなったら捨てないで、俺に返してくださいね」
そんな日は来ないに決まってるのに。
「イルカ先生も。くれたからには返せなんて言わないでね」
言葉を返すと、イルカ先生がやっと笑った。

 

次の日から、イルカ先生の首にはもうあのマフラーは見なくなった。
代わりに俺の首元にしっかりと柿色が馴染んでいる。
「おまえマフラー嫌いじゃなかったのかよ」
待機所でイルカ先生の仕事が終わるのを待っている時だった。
「いや。すごい好きだけど」
アスマが俺の隣に腰掛けながら呆れたように声をかけてきた。
わ、ばか。ここで煙草吸うな。臭いが移る。
「ちょっとあっち行ってよ」
持っていた編み棒で追い払う素振りをしても、アスマは動く気配はなく煙を鼻から出しながら俺の手元を覗き込んだ。
「なんだ、それ」
「マフラー編んでる。だから近づかないでよ」
イルカ先生のマフラーをもらったお返しに、俺からも贈ろうと考えた。
別にイルカ先生はマフラーがなくても寒そうにしているわけではないが、いつもあったものがなくなったのは見ている方が物足りない。
それに、俺がこのマフラーを巻き始め周りからは色々なことを言われた。
やれ「追いはぎ」だの「貧乏先生にたかるな」だの「人でなし」だの。
非常にいい傾向だ。
皆気になっているのだ、俺が何故このマフラーを巻いているか。
イルカ先生のトレードマークとも言えるコレを俺が貰ったのはどういう意味か、きっと考える。
そしてすぐに気づくだろう。
イルカ先生の大切に使っていたマフラーを俺が巻いている。

それ即ち、イルカ先生は俺が好き。

そういうことだ。

セカセカと手を動かしながら、完成したこれを巻いたイルカ先生を思い浮かべた。
「ラブイルカっていれようと思う」
「やめとけ、イルカがするんだろそのマフラー。せめてラブカカシにしとけ」
「あ、それもそうか」
アスマの助言は中々的確だ。けれど、そこまでするとあのシャイな人のことだ、巻いてくれないかもしれないし、そんなあからさまな宣伝をする必要ないだろうな。
俺は最近ずっと編み物をしている。
受付でも待機所でも、七班の任務を見ている最中でも食堂でも。
イルカ先生と離れなければならない日中は常に編み棒を持っているのだ。
案の定、周りからは好奇な目で見られている。
完成した俺の手作りマフラーを巻くイルカ先生、それを見た周りの奴等は、これまた考えるのだ。
イルカ先生が俺の手作りマフラーを巻いている。

それ即ち、俺はイルカ先生が好き。

「そういうことなのよ」

「あ?なにが?」
俺の独り言にアスマが怪訝そうな顔する。
「そのうちわかるよ」
答えると、アスマは気のない返事をしてソファーに深く座り込んだ。これ以上俺と話をする気はないようだ。
イルカ先生の任務が終わるまでまだ時間がある。
浮き立つような高揚感のままに俺は編み物に没頭することにした。

 

 


 

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