覚醒
仕事が終わったらカカシ先生の見舞いに行くことがここ一週間の日課だった。
「お疲れさまです」
今日もいつもと同じに病院のカウンターに居る事務員さんに軽く挨拶を交わし、カカシ先生の病室へと向かった。
(汗くさくねえかな)
病室の前でいったん立ち止まり、腕をあげておかしな匂いはしないか確認をする。己の体臭など嗅ぎなれすぎて実際よくわからないが、わからないぐらいならそれはきっと大したことはないはずだ。
本当に臭い時は自分でも気づくものだ(その時は手遅れでもあるが)。
病室に埃を持ち込んではならないと軽く衣服を叩こうとして、自分の両手が塞がっていることに気づいた。
腕をあげる時なんか重たいと思ったら、そうか、コレのせいか。
此処へ来る前、偶々紅先生に会い、「カカシの見舞いに」と買い物袋いっぱいの夏みかんをくれたのだ。今日の任務が農家の手伝いだったらしい。
ついでにそのすぐ後に七班の子供達にもあった。紅先生と同じに買い物袋いっぱいの夏みかんをくれた(どうやら紅班と合同任務だったようだ)。
だが紅先生とは違い「カカシ先生の忘れ物」と子供達は言った。
(また抜け出しのか)
思わず眉間に皺が寄る。
カカシ先生が入院をして、七班はさぞ困っているかと思いきやそうでもないらしい。
なんでも、カカシ先生から各自課題を与えられそれに励んでいるという。自主練か・・・、アカデミー時代はサボることに命をかけていたあのナルトが・・・。
泥だらけになってニシシと笑うナルトの顔には確かに「一日頑張りました!」という清清しい疲れの色が滲んでいる。真面目に課題に取り組んでいただろうことは聞かなくてもわかった。
成長したなあ、などと感慨にふけるも、ナルトが次に発した言葉にそんなものは一気に吹き飛んだ。
「だって見張ってるんだもんよ!!サボれねえってば!!」
(見張る?)
誰が?尋ねる間もなく七班全員が声を合わせた(あのサスケまでも)。
「猛獣が」
(ドロシーちゃんかっ??!!)
反射的に腰を落として辺りを伺ってしまう。幸いにもこの場にはドロシーちゃんの気配は感じられなかった。安堵するも、次に発せられたナルトの言葉に更に驚かされた。
「それにカカシ先生も」
へ?あの人入院してるだろ?
「今日も脱走して見にきてたってばよ!」
カカシ先生は病院を脱走し七班の任務を見に行っている、そうだ。
(どうりで治りが遅いわけだよ!!)
あの脱走事件からこの時点で早3日、外傷はとっくに癒えているのに、一向に退院の気配はなかった。まだチャクラの回復が追いつかないらしい。
なるほど、俺が見舞いに行くたびカカシ先生はあまりよくない顔色で俺を出迎えていた。その度俺は少なからず心配していたのだ。
あの顔色の悪さ・・・、もともと顔色は良いほうではないらしいが、それにしても天下の上忍ともあろうものが、チャクラ回復にこれほど時間がかかるものだろうか?
もしかして、病でも患っているのではないか・・・?
そう不安を募らせていたというのに。
実際は脱走する元気はあるんだと?治りバナにフラフラ出歩くから完治しきれてない、って要はそういうことじゃないか。
(なんだかなあ)
それほど七班のことが気になるのだろうか?それは、まあ、あるかもなあ・・・。
七班の上官に就任して一ヶ月そこら、いきなり入院しましたで済まされるものでもない。大切な時期なのだ。無理を押す気持ちもわからなくはない。
だが、気になるならやはり完治してから一緒に任務に就くべきではないのか。任務を見学しててどうするよ。
やはり腹は立つ。
せめて一言くらい言ってくれても良いとも思った。俺は心配していたのだ。「脱走しているから治りが遅いのだ」と、説明して欲しいと思ったって罰は当たるまい。
だからその日は鼻息荒くカカシ先生の病室の戸を叩いた。
「失礼します!」
返事を聞く間もなく病室に入ったが、肝心のカカシ先生が居ない。
「あれ?カカシ先生?」
キョロキョロと病室を見渡すも何処にもカカシ先生の気配はない。ただ開けっ放しの窓から風が吹き込み白いカーテンを揺らしているだけだ。
便所でも行ったのだろうか?
「ああ、来てたんだ」
「ギャ!!」
突如、背後から声をかけられた。まんまとビビッてしまったのがまた腹立たしい(どうして気配を絶つんだ!)。
「い、いきなり背後に立たないでください!!」
「俺の気配くらい一キロ離れてたって感じなさいよ」
「無理です!」
「なんで?中忍だから?」
(中忍関係ねぇええ!!)
一キロ先の気配を感じろとか、そんなの出来る人間いねえよ。ああ、本当に腹が立つ。あがる怒りのボルテージに任せ、振り向きざまにカカシ先生に詰め寄った。
脱走はするなとか、さっさと退院しろとか、それから、
「あんた・・・そんな格好で何処行ってたんですか?」
カカシ先生は通常の支給服を身に着けていた。ベストも額宛もバッチリだ。誰が見ても便所に行っていただけの入院患者には見えない。
「何処って、あんたを迎えに」
カカシ先生は俺がどんなに怒ろうが平然とした顔をしている。そしてこの台詞だ。
「今日はいつもより遅いじゃない。そろそろ暗くなってきたし、心配だから迎えに行ってあげたんでしょうが」
俺は絶句した。
(・・・何処からツッコんでいいのかわかんねえ・・・・)
何処の世界に見舞い客を迎えに行く患者が居るんだ。しかも暗くなったから心配?俺は年頃の娘かよ?あんた心配性のお父さんかよ??
「でもすれ違ったみたいね。あんたの気配感じたから慌てて引き返したきた」
(何処から引き返したんだ・・・・?)
とは、聞かなかった。男の格好は病院内をウロつくソレではないのだ。本当に一キロ先からとか言われたら嫌だ。恐ろしい。
「ねえ、それよりあんたなんでそんなに怒ってるの?」
「なんでって・・・!だから、脱走なんかしないでくださいよ!」
って俺さっきも言ったよな?!ちょっとは人の話を聞いてくれ!
「俺が脱走するのとあんたが怒るのと何の関係があるわけ?別に迷惑かけてるわけじゃあるまいし」
平然とカカシ先生が言い返してくる。
はぁ?迷惑かけてない?
「迷惑かけるかけないの問題じゃない。心配するから止めろって言ってんじゃないですか?!」
青白い顔してフラフラフラフラ徘徊しやがって。そんなの見てるほうが気が気じゃないだろ。
ちょっとは周りのことを考えてくれ。
「子供達は喜んでたんだけどねえ」
俺の憤りもなんのその、カカシ先生は無表情のまま喋る。
「喜ぶって・・・!」
それはロシーちゃんから解放されるからに決まってんだろ?!何もあんたの脱走を喜んでるわけじゃねえ!
呆れる。呆れて言葉も出ない。
なんだこの言い様は。ガキか。いい年してへらず口ぶっこいてんじゃねえぞ。
口をパクパクさせていると、けれど、ふとカカシ先生が表情を変えた。
「でも」
整った口の端を吊り上げて、眼前に迫る。
「あんたがそう言うなら、可愛いあんたに免じて止めてあげないこともない」
「へ?」
「お願いしなよ。心配だから、脱走しないでって」
いや、さっきからソレを言ってんじゃねえか。
頭の隅で冷静な突っ込みを入れるも、急速に顔に熱が上がるのがわかった。
(わわわ・・・っ、近い近い、顔が近い)
ついこれまでの癖でついカカシ先生にはけんか腰になってしまうが、そうだよ、俺この人に惚れてんだよ。
後ろに身体を退くと同じだけカカシ先生が追いかけてくる。
「ほら、言ってみなさい」
思わず唇を引き結んだ。駄目だ、言えない。
心配するから脱走しないでなど、そんなこと・・・惚れた相手にどう言えってんだ。いや、言うこと自体は問題があるわけではない。心配しているのも、惚れているのも事実だ。
しかし、それを伝えるのは恥ずかしすぎる。
「早く、俺が好きだって言いな」
ッ!!!
なんと?!心配云々すっとばして、そっちを言えってのか?!この前、公衆の面前でさんざん言ったじゃないか。もうあれで十分だろう?!
驚きに見開く目にはカカシ先生の酷薄そうに笑う顔が写る。一人アワアワしている俺とは対照的にえらく余裕な態度だ。
(なんか腹が立つな・・・!)
絶対に言うもんかと思った。歯を食いしばって首を横に振る。ついでに離れようと試みるも、すぐ後ろは壁だった(いつのまに此処まで追い詰められていたんだ・・・)。
「・・・言いたくないわけ?」
カカシ先生の目はスゥっと細められる。つい癖で怯みそうになったが、負けるものかと首を思いっきり縦に振った。
(そうだよ、言いたくない)
意思表示に首を振り続けていると、髪の結び目部分を引っつかまれて動きを止められた。
「俺は言って欲しいんだけど」
髪を後ろへ引っ張られ、自然と顎が仰け反る。眼前には気難しげに眉を潜めた秀麗な顔があった。
近すぎて目元あたりしか見えなる。なんでこんなに近いんだ。照れるじゃないか・・・、
(わ・・・)
驚きは後から来た。
唇にやんわりとした感触があたる。それはすぐに離れ、残されたのは相変わらず俺をしかめ面で見下ろすカカシ先生の顔だった。
(・・・今のは一体なんだ・・・?)
「お願い、言って」
「何を・・・?!」
この人、俺に何をしたんだ・・・?
「俺のこと好きだって、そういうの聞きたい」
話が噛み合ってない。「何」は、カカシ先生が俺にしたことへの疑問であり、カカシ先生の言葉への疑問ではない。
「こんなに可愛くおねだりしてんのに、いい加減折れてくれたっていいでしょうに」
噛み合わないままカカシ先生は話を続ける。
ちょっと待ってくれ。どこが可愛いんだ?とかそういうのはとりあえず置いといて、ちょっと待って。一人で勝手に話を進めないでくれ。
だって、
あんた今俺にキスしなかったか?
それなのに、そんな何でもないような顔して・・・、こんな一大事に・・・!!
「こ・・・困ります・・・・!!」
思わず叫んでいた。叫んだ言葉はまさに俺の心境そのものだ。勢いのままカカシ先生の胸を押す。耐え難い羞恥に襲われそのまま走り去ろうとするも、髪の毛を引っつかまれているので一歩も離れることは出来ない。
頭皮が突っ張っただけだった。
その後、カカシ先生は目に見えて不機嫌になった。俺はその場で正座をさせられ、延々と説教を受ける羽目になった。
しかしそのおかげで少しは冷静さを取り戻すことができた。
カカシ先生とキスをした。何故そういう流れになったかはイマイチよくわからないが、惚れた相手と唇を重ねたという事実は正直に嬉しいと思う。
逃げ出そうとしたのは、吃驚しただけだ。
俺は内心カカシ先生とのファーストキスに恥ずかしいやら嬉しいやらでもう説教受けるどころではなかったのだが、・・・どうもそれが悪かったらしい。
説教されながらも俺がたまにニヤついたりするもんだから、その度にカカシ先生は神経質そうに眉を吊り上げた。
あげくに「今、俺が言ったことを復唱してみろ」など言ってきた。
俺の恥じらいはカカシ先生には通じなかったようだ。
(結局、脱走を止めやしない)
紅先生からのお見舞いとナルトたちから預かったカカシ先生の忘れ物を両手に提げたまま片腕をあげ、手の甲だけで服の埃をはらう。
脱走する元気のある入院患者にこのような気遣いは必要ないかもしれないと思うも、その入院患者は少なからず俺の好きな人だ。
少しでも身奇麗にしておくに越したことはない。
手を動かす度に夏みかんの入った袋がガサガサ音を立てる。
急に、前触れなく病室の戸が開いた。
「うみの、そういうのは病院に入る前にやってこい」
戸の向こうに居たのはカカシ先生の主治医であるあの中年医療忍だった。呆れたように俺を見ている。
「病院内で埃を撒き散らかすな」
おお、確かにそうだな。最もな指摘に頭を下げた。
「これは失礼しました」
「まあいい、入れ」
顎で促され病室内へ入ると、カカシ先生はいつもと同じようにベッドから上体を起こし、面白くなさそうに本を読んでいる。
俺にチラと目をやると、またすぐに本に顔を戻した。
(・・・まだ怒ってるのか)
気づかれないようため息を吐いた。先日、怒らせて以来、カカシ先生はずっと機嫌が悪い。まあ、いつも一定以上の怒りはキープしている男なので、さしておかしな態度でもないが。
一言「いらっしゃい」ぐらい言ってくれても良いよなー。
「カカシ先生、お加減はいかがですか?」
「別に」
本から目を逸らさずに言葉を返してくる。別にってなんだ。答えになってないじゃないか。
腹立つなあ。
あの日、確かに俺は怒っていたし、カカシ先生に「脱走するな」と言った。しかし、いつのまにか形勢は逆転していた。俺の怒りなんざどこ吹く風で、最終的に説教をくらったのは俺。
脱走も相変わらずだ。
「ああ、脱走できる程元気いっぱいってことですね。それは良かったです」
嫌味な言葉にカカシ先生が嫌そうに目を眇める。
「そんな元気な入院患者さんに、お見舞いの品を預かってきました。一つは忘れ物らしいですが」
両手を持つ買い物袋を差し出した。受け取りやがれ、皆の心遣いを!
一見素っ気無い紅先生だって、本当は心配しているんだ。七班との合同演習も嫌な顔一つせず引き受けてくれる。
紅先生だけじゃない。アスマ先生も「面倒くせえ」と言いながらも、大人数で任務をこなせるよう、きちんと任務計画をたててくれる。
なのに、あんたは今日も元気に脱走!それはちょっとあんまりじゃないか。
突き出した買い物袋から、夏みかんの甘酸っぱい匂いが漂う。
カカシ先生はそれに一瞥くれただけだった。その代わりに、中年の医療忍が俺の手元を覗き込む。
「お、夏みかんじゃねーか。後で炭酸持ってこさせてやる。うみの、剥いてやれ」
「えー?」
なんで俺が。自分で剥けば良いじゃないか。っつーか、この人カカシ先生に甘くないか?脱走患者に甘くしてどうするよ。
俺の不満は言う前に遮られる。
「おまえが剥けば食うだろうよ、こいつも。ったく、恩にきる。おまえのおかげでこいつも大人しく入院してるしな」
「・・・どういう意味ですか?」
俺のおかげで大人しい?全然大人しいようには見えないが・・・。
「こいつはな、これまでまともに入院なんざした試しがねえんだよ。目が覚めたらいつのまにかベッドに居ねえ。大怪我こさえて脱走だよ。少なくとも戻ってきたのは今回が初めてだ」
医療忍の話に思わず眉が寄る。そのままカカシ先生に目をやるも、カカシ先生は相変わらず知らん顔をしていた。
「おまえが来るから戻って来てんだろ。だからうみの、そう怒るな。これは奴の進歩だ」
「・・・・・・」
何も言えなかった。
釈然としない気持ちはある。脱走は良くないし、皆に心配をかけていいはずもない。けれど、これは進歩だと言う。
紅先生やアスマ先生のことを思い出した。そうだ、皆、何も言わなかった。見舞いさえくれた。
知っているのだ、これまでこの男がどれだけ自分の身体を省みていなかったか。
皆、この男に甘いと思っていた。いつかの三代目もそうだ。このふてぶてしい男を「かわいい」と言った。
もしかしたら、皆安堵しているのかもしれない。男は脱走を繰り返すも入院に甘んじている。それは少なからずこれまでの男に比べたらマシな状況なのだろう。
(・・・俺が知らないだけなのか。まだ理解してないだけか)
事実、俺以外誰も怒っていない。この医療忍など脱走しても戻ってきたことを褒めそうな勢いじゃないか。
俺の不満は男にとっても周りにとっても見当違いなものなのか。
先日もカカシ先生は何を怒っているのか聞いてきた。ワザとかと思ったが、本当にわからなかったのかもしれない。
ああ、そうだ。
俺もわかっちゃいないが、この男もまたわかってやしないのだ。
自分がどれほど周りに気遣われているか。
「わかりました、剥きます」
この夏みかんを剥いてやろう。あんたへの見舞いの品だ。絶対に食べさせてやる。
刃物を使わずに夏みかんの硬い皮に爪を立てていると、カカシ先生はようやっと本を横へ置いた。
「そういうことだから」
「何がですか?」
「あんたが怒る必要なはいんだよ。もちろん心配する必要もない」
「・・・怒ってるのはカカシ先生じゃないですか」
「ああ、それはまた別の問題。あんたの怒りはね、意味がないの。俺は元気だし、あれは脱走でもない。散歩だ」
意味が無いだと?
言い切りやがったこの男。
力を入れた眉間がズキズキと痛む。
「その通りなら、こんな俺はまるで馬鹿みたいですね」
一人で怒って心配して、そんなものこの男は必要としてないのに。
男が何故怒っているのか、別問題だと言うが、全然別問題じゃないと思う。
あの日、脱走に憤る俺に男はキスをした。その時は驚き、またうっかり嬉しがったりしてみたが(通じていないようだったが)、今考えるとこんなに腹が立つこともない。
俺の憤りなど全然通じていなかった。それを逆手にとって、可愛く強請れなど・・・馬鹿にするにも程がある。
あんたの言う通りにならない俺にあんたが怒る権利なんかない。
「そんなこと言ってないでしょう?」
「言ってるんですよ。意味が無いとはそう言う意味です」
鋭い視線が飛んでくる。
はっきりと怒気を含んだ視線は強い。真っ向から受け止めてやる。
「あんたは俺のこと馬鹿にしてんですよ」
「そんなことがあるか!!」
カカシ先生の片手が伸びてくる。強く頤を掴まれた。これ以上は黙れと言わんばかりだ。
「あんたが何を言ってるのかさっぱりわからない。心配するなと言うのに、それがなんで馬鹿にしていることになる。いい加減にしろ」
それはこっちの台詞だよ。言ってやりたいが、強く顎を掴まれているため満足に口も動かせない。頬の肉越しに男の指は強く俺の奥歯を押している。
痛えな、クソ。顎ごと砕かれそうだ。
睨み付けると、カカシ先生は信じられないとでも言うように目を見開いた。
「俺はあんたに心配をかけたいわけじゃない。それより、安心して欲しいと、そう思うだけだ。俺は、あんたの笑った顔が好きなんだよ。毎日顔を見れる今の状況が嬉しくてしょうがない。病院に居るのも、あんたが見舞いに来てくれるからに決まってるだろう。さっきあの医者が言った通りだ。それなのに、あんたは何を心配しているんだ?くだらない。俺などを心配してその可愛い顔を歪めるな」
少なくとも、今、俺の顔を歪ませているのはカカシ先生の指だ。頬の肉を中央に寄せるように掴みやがって。
多分不細工になっているであろう俺の顔を凝視したままカカシ先生が言い募ってくる。
「馬鹿にしたことなどこれまで一度もない。それはむしろあんたの方だろうが?!俺が必死に求愛しているのに、いつもいつもはぐらかしやがって。好きだと一度言っただけで済ませるつもりか?!あれだけで俺が満足してるとでも思うのか?!全然足りないんだよ!!毎日言え!!心配の言葉は好きに置き換えろ!!俺が欲しいのは同情じゃないんだよ。あんたからの愛だ。それ以外に何かあるとでも言うのか?!」
(・・・す、すげえなこの人・・・・)
掴まれる顎の痛みを忘れ、呆然とカカシ先生を見返した。
(愛がある故に心配しているとは思わないのか?)
ここまで解り合えないものかと、カカシ先生の言い様に少なからず衝撃を受ける。
しかし、気づけば俺の怒りは形を潜めている。
完全に呑まれた。この男の怒気に、いや、男の言葉を借りれば、この求愛に。
確かに、俺の心配は意味が無かったかもしれない。俺の言い分はあるが、とりあえずカカシ先生がソレを必要としない理由はわかった(理解はできないが)。
「わかったら・・・心配はするな」
不自由な顎を動かし、俺は頷いていた。
ようやっとカカシ先生の視線が弱まる。俺も身体から力を抜くことが出来た。
(・・・心配などするものか)
少なくとも、俺の見舞いを待ち、入院している男に心配はしない。ただ釈然としない気持ちは有るままだ。
視界の端に夏みかんが掠めた。
いつのまにか俺の手から落ち、床に転がっている。
俺の顎を掴むカカシ先生の片腕を両手で掴んで引き剥がそうとした。だが、逆に強く引き寄せられる。そのまま口付けられた。
やんわりとした感触にギュっと目を瞑った。ここで逃げては男が廃る。
「それから、そろそろ覚悟を決めな」
(・・・何を?)
離れた感触に瞼を開くと、カカシ先生はやはり無表情に俺を見ている。
わけがわからず見つめ返していると、カカシ先生の目は弓なりに細くなっていく。
(あ。笑った)
「可愛いあんたに免じて、退院することにしました」
そう宣言すると、カカシ先生はようやっと俺の顎から手を話した。そのままベッドから降り、床に転がった夏みかんを拾いあげる。
(退院を決めるのは医者だと思う)
その光景を見ながら、心中で呟いた。口は自由になったが、余計なことを言って男のこの行動を止めたくはない。
「剥いて」
夏みかんを差し出しながら、ふてぶてしくもカカシ先生は言う。
「まかせてください」
もちろん、剥きますとも。
皆のあんたへの心遣い、決して粗末には致しません。
「美味しそうに剥きます!」
言うと、興味なさそうに「頑張れ」と言われた。
それでも、気分は高揚していく。
(・・・俺のことも、これぐらいには理解してくれてんのかなあ)
ふと思った。
見舞いの品を受け取るように、俺の心配も認めてくれればいいのに。
いつかは愛に変わるだろうこの気持ちゆえの心配だと、理解してくれればいい。
(完)
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