恋に落ちる
後頭を掻き抱かれ、激情のままに口付けを交わした。
互いの気持ちがわかったばかりだ、早すぎるような気もしたが先ほどから溢れてくる欲望を止めることはできなかった。
いや、止めなくてもいいのだ。
激しい口付けに戦いて引っ込めた舌はすぐにカカシ先生の舌に追い込まれる。
嫌なわけではないが先ほどから酷く息苦しい。少し口をずらし酸素を取り込もうとしても、貪欲な舌はそれを許してはくれなかった。
「・・・ッ!!」
(逃げてるわけじゃないのに!)
苦しさにカカシ先生の胸を押した。すると、ますます俺を抱く腕は力を込め、僅かな自由をも奪われてしまう。
閉じていた瞼を押し上げると、燃え上がるような二つの色と目が合った。
対極にある二つの色は、だが、同じ欲望を湛えている。
綺麗だと、息苦しさも忘れて見惚れた。
「・・・イルカ先生」
ピチャという音と共に掠れた声に呼ばれた。
口腔が解放され、急に酸素が流れ込んでくる。呼ばれる声に返事もままならず、喘ぐように息をした。
「なんて可愛いの・・・」
ため息を吐くような、うっとりとした声でそう告げられる。そのまま頬をベロリと舐め上げられた。
「・・・ッ!!」
驚きで一瞬身が竦む。
頬を舐められたことではない。
(・・・か、かわいいとは?)
カカシ先生の言葉が結構衝撃だったからだ。
生まれてこの方25年、幼い頃ならまだしも、この年になって可愛いなどという言葉の対象になろうとは夢にも思わなかった。
「変なこと言わないでください・・・!」
嘘など一欠けらも見えない瞳で見つめられ、どうしていいかわからない。
恥ずかしさに手で顔を隠した。
(カカシ先生は目が悪いのだろうか?)
どこをどう見たらこのモッサリと垢抜けない風体を可愛いなどと形容できるのか。掴みどころのないこの男は美的感覚も独特なのかもしれない。
「・・・わ・・・っ!」
ふいに腹がひんやりとした空気に晒された。驚く間もなく熱い手が潜り込んでくる。
性急な手つきは腹、あばらと撫で回し、胸元を弄る。触れられる場所に熱が残る。
顔を覆う指の隙間から銀色の髪がチラチラと見え、カカシ先生に触られているのだと自覚させられるようだった。
「イルカ先生、脱いで」
「・・・ぇ?」
じれた声に胸元を擽られる。
服を脱げと言われているのはわかったが、羞恥に襲われそれどころではない。
「無理、です・・・!」
「嫌ですか?」
叫ぶように言っても、間髪いれずに問いかけられる。
「そうじゃなくて・・・!嫌なんじゃなくて、はずっ・・・、恥ずかしいんです!」
言った後、また恥ずかしさに全身が染まる。
(それくらい察してくれ!)
嫌がる素振りなど見せていないではないか。
ただ恥ずかしいのだ。
こんな生娘のような反応をしてしまう自分も、それを惚れた相手に見られることも。どう思われるか気になって、・・・だったら見せたくないと思うのが人情だろう。
「でも・・・・見たい。ごめんね、イルカ先生」
ビッ、と布の裂ける音がする。
服を引き裂かれたと理解した時には、すでに上半身は剥かれカカシ先生の前に晒されていた。
(ヒィィィ〜〜〜〜!!)
乱暴な行為に内心大絶叫だ。余裕のない行為は普段のカカシ先生からは想像できない。
穏やかな男だと思っていたのだ。穏やかで大人しい男だと。
恋をする姿は一途で・・・情熱的な姿を見せられたが、この男の性質は荒々しいものではない、そう決め込んでいた。
ましてや色事に興奮する姿などしかも相手が俺で、こんなに激しく求められるなどどうして想像できるだろうか。
(・・・あれ?)
しかし、混乱していて気づかなかったが、カカシ先生の動きが止まっている。
どうしたのだろうかと目をやると、カカシ先生はポカンと呆けた顔をして俺を凝視していた。
「・・・カカシ先生?」
問いかけても反応はない。瞬きもせずに俺を見ている。
(・・・失望したのか?)
俺の体を見て、もしかしてガッカリしたとか。
悲しいが、そりゃそうだと納得する。
俺はあまり体格のいいほうではない。着膨れするのでわかりにくいが結構ヒョロいし傷も多い。
この体に欲情しろという方が無理な話なのだ。ましてやこれまで男に好意を持ったことがないのだ。
どんな想像していたかはわからないが、少なくとも俺の体はその想像とは違ったのだろう。
「吃驚して・・・」
呆然としたままカカシ先生が呟く。身体の火照りもその声に冷やされていく。
お互い何も知らぬまま感情的になりすぎた。やはり性急すぎたのだ。
カカシ先生は男相手は初めてそうだが、俺も初めてだ。
同性同士でするにはどうするのか、知らないわけじゃないが実際にそれを受け入れられるかは別問題だろう。
例え好きだという感情はあっても、男の体が同じ男の体に反応するかどうかもまた別問題だ。
「カカシ先生、今日はもう・・・」
やめましょうと、男が罪悪感を感じないように、なるべく優しく笑って言おうとした。
けれど言葉は途中で遮られる。
「あまりにも綺麗だから・・・吃驚しました」
震える声は感動を現しているようで、
「・・・へ?」
予想外の言葉に今度はこちらが呆然とする番だった。ポカンと口を開け呆けてる面はさぞ間抜けだろう。
その顔を、ギラギラと欲望を滾らせる二つの色に見つめられる。
「・・・ぁッ!」
与えられる刺激に背がしなる。突き出された胸にある突起を男の長い指が意地悪く捻る。痛みに悲鳴じみた声をあげると、厚みのある舌で舐め上げられた。
舌はそのまま下っていく。臍の穴をも嬲られ、これまで味わったことのない疼きが湧き驕ってくる。
すでに衣服は全て剥ぎ取られていた。
隠すことのできない反応した下半身が遠慮のない視線に晒される。
「見ないで、くださいっ・・・!」
部屋の明かりはついていないが、窓からは月明かりが差し込む。忍の目にはそれだけ充分だ。
浅ましい欲望を惚れた男に見られ、羞恥に涙が滲んだ。
男の指が下の茂みを柔らかく撫でる。ズンと、響くような快感が押し寄せてきた。
その間にも男の舌もまた下ってくる。
「やめ・・・!」
男の意図を察し起き上がろうとしたがそれは叶わなかった。僅かに起き上がった背は再び冷たい床に倒れこむ。
「・・・んっ!!」
生暖かい感触に・・・、何をされているのかわかっていても、認めることは出来なかった。
叫びそうになる口を必死で抑えた。
止めて欲しいのに、腰は男にしっかりと掴まれ逃げることはできない。ただ与えられる感触に震えるだけだ。
(・・・やだ・・・!出る・・・!)
それでも力の入らない腕で必死に強靭な肩を押した。
このまま口の中に出すわけにはいかない。もしそんなことしたら・・・自分はもうカカシ先生に顔向けできない。
「・・・ぉ、ねが・・・っ!」
哀願の声は届いたのだろうか、ヒチャリと厭らしい音を立てながら残酷な快楽を与える舌は離れていった。
けれど男の口に出さずに済んだと安心したのはほんの一瞬だった。
股を大きく割られ、欲望が外気に晒される。中途半端に放り出されたそれは持ち上がったまま震えた。
何をされているか、考えるだけで気が触れそうだった。
自分自身でさえ見たことのない場所を暴かれている。羞恥と申し訳なさと恐怖とで、頭を振って抵抗した。
パサパサと乾いた音をたて髪が床に散る。
湿った息遣いが秘部を掠めた。
(駄目だ!)
絶望にかられながらも、抵抗の言葉は出てはこず、成すがままに辱めを受ける。
滑った舌に齎される感触がザワザワ腰から上へと這い上がってくる。もはや気持ちいいのか気持ち悪いのかわからなかった。
ただ体が熱い。一刻も早くこの熱から解放されたかった。
「カ・・・カシ、せんせ・・・!」
何度も何度もその部分だけを舐め上げられる。時折反応を確かめるように手が欲望へと伸ばされる。
先走りでヌルヌルとした先端を撫でると、男はまた舐める行為を丹念に施した。
「・・・ごめんね、イルカ先生」
涙が眦から零れ耳を濡らす。ふいに耳元で囁かれた。何時の間にその行為は止められていたのだろうか。
目を開けると、苦しそうに眉を寄せ肩で息をするカカシ先生と目があった。
何を謝っているのかと疑問に思ったが、答えはすぐに身を持って知らされた。
丹念に舐められた秘部に指を突き入れられたのだ。
身構える暇もなく体の奥へと侵入する。たかだか指一本のはずなのに、それは大きな痛みをもたらした。
「ぃ、た・・・っ!」
痛みに血が下がっていくのがわかる。快楽からではない震えに肩が揺れた。
「ごめん、ごめんね」
口付けが降りてくる。額から眦、頬を下り、顎先を舐められ、震える肩をあやすように小さく唇で触れてくる。
優しげなその行為とは裏腹に下部の痛みは増すばかりだ。
欲望はとっくに萎えてしまっているだろう。
痛みの恐怖にカカシ先生の背へ手を回した。見た目からはわからない強靭な体躯は頼もしくもあるが・・・この男を受け入れるのかと思うとまた恐怖が募る。
「ッカシせんせ・・・、カカシ先生・・・!」
縋る声は弱弱しく、とても自分のものだとは思えなかった。
本当は、止めて欲しいと叫びたいのだ。
これ以上の痛みはごめんだと、逃げ出したいのだ。
けれど、
「イルカ先生、好き。大好き」
簡単な言葉を覆いかぶさる男が呟く。子供のように無邪気に、まるでそれしか知らないように何度も何度も。
伏せられた銀色の睫が苦しげに震えていた。肩で荒い息を繰り返している。
ずっと我慢していたのだろう。俺は奉仕される一方でロクにカカシ先生に触れていなかった。
背中に回していた手を下し、恐る恐るカカシ先生の下部を握りこむと小さく息を呑み、体を震わせた。
男のソレは固く張り詰めダラダラと先走りで濡れていた。ズッシリと重いソレは手の中でさらに質量を増す。
惚れた相手の急所に触れているという羞恥より、ただ申し訳なくて溜まらなかった。
「・・・大丈夫ですから」
なんとか息を整え、男の耳元で囁いた。
途端に密着していた体を離された。膝を抱えられ、足が宙を掻く。
覚悟を決める暇もなく、全身を引き裂かれるような熱い痛みを与えられた。
「・・・・ぁーーーーー!!!」
悲鳴じみた声は声にならない。
湧き上がってくる痛みが恐くて必死で手を伸ばした。縋りつく場所を定めないまま片方の手首を捕らえられた。
「足を、腰にまわして」
「・・・んなこと・・・っ」
腰から下に力が入らない状況でそんなこと出来ない。
「早く」
無理だと訴えても切羽詰った声でせかされ、なんとか足を持ち上げた。
「ッ!!!」
(まだ・・・全部入ってないのか?)
軋む音さえ聞こえてきそうだ。誰にも暴かれたことのない秘部を凶暴な熱が更に奥へと分け入ってくる。
気が遠くなってくる。
腰を抑えつけられ、一段と激しく突き容れられた。熱い痛みに涙が止まらない。
「・・・先生、イルカ先生」
名を呼ばれ見上げると切ない色が顔を覗き込んでいる。
その目は不安げに揺れている。いつか見た色だ。
恋をしているのだと男に告げられたあの日、不安げに揺れるあの目を見ていた。
男は恋をする目で、俺を見ていた。
「そんな顔しないでください・・・」
胸が苦しい。
恐いほどの痛みも、胸の苦しさに紛れてしまう。
パタパタと頬に涙が落ちてきた。その涙に気づいてないのか、瞬きもせずカカシ先生はまた同じ言葉を呟く。
「好きなんです」
先ほど伸ばした腕はとっくにカカシ先生の首に回されている。首を伸ばして頬を寄せた。
「はい、俺も好きです」
言うと、ますます苦しそうな顔になってしまった。
「・・・カカシ先生?」
問いかけても返事はなく、ただ強く抱きしめられた。
「イルカ先生、俺はやっぱりおかしいのかもしれません」
夕飯を作っていると、やけに神妙な声で呼びかけられた。
その神妙さに慌てて振り向くと、カカシ先生が所在なさげに立ち尽くしている。
「ど・・・どうしました?具合が悪いんですか?怪我でもしたとか・・・!」
ザっと体を見聞するがそれらしいところは見当たらない。・・・いや、やはり少し変だ。心なしかカカシ先生の体が
後へ傾いた。
「胸の動悸が治まりません」
途方にくれた顔でそんなことを言う。
「それは・・・・・」
いつかの光景がフラッシュバックする。何が言いたいのか大方察し頬に血が昇った。
「イルカ先生を見ていたら、どんどん早くなってくるんです」
言葉通り、ギュっと心臓あたりを掴む仕草をした。
案に、「あなたに恋をしているのだ」と、言われているのだろう。
(・・・照れる・・・)
互いに気持ちも確かめ合って日も浅いせいか、カカシ先生は未だ片想いのように告白してくる。
嬉しい、もちろん非常に嬉しいが、恥ずかしい。
性質の悪いことに、この人はこういうことを素でやっているということだった。
天然というのか、計算もなくただ一生懸命だった。一生懸命すぎて墓穴を掘ってるように見える時もあった。
「あの・・・それは・・・・、良いことなのでは・・・」
「良い、の?」
「はい、奇遇にもですので・・・・俺も同じ症状でして。その・・・・カカシ先生もそうなら嬉しいなあ、と・・・・ハハハ」
やはり最後は恥ずかしさに耐え切れず笑って誤魔化してしまう。シドロモドロな言い方だったが、カカシ先生は理解してくれたのだろう。普段は色のない頬を柔らかい色に染めた。
胸の動悸は治まらず、染まる頬を止める手立てはなく。
恋に落ちたとわかった時には手遅れで。
これ以上落ちようがないと思っていたのにまた落とされる。
互いの想いはスピードを加速させ、どこまでも深く落ちていく。
きっと。
そういう恋をしてるのだろう。
あなたと二人でそういう恋をしていくのだろう。
(完)
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