恋に落ちる



ふと、ベッド脇にある小さな洗面台の鏡に目をやった。
(・・・うわ、ヒデェ顔)
目の下に思ったよりも大きなクマが出来ている。頬も心なしか削げたか。
顔の色もあまりよくない。
鏡にそう近づかなくても自分の顔の酷さがわかった。
これじゃ周りの者も気を使うだろう。
申し訳ないことをしたと思う。
自嘲気味に笑ったつもりだったが鏡の中の自分は情けなく眉を下げただけだった。

あーもう本当に情けな・・・・

僅かに鏡に近づこうとした時だった。
鏡の中に見えるはずのないモノが見えた。

(・・・・・ぇ・・・・?)

声を出したつもりだったがそれも口の中で音にならず消えた。

(・・・・手?)
自分の後ろに真っ白な手が見える。
驚きに思考が止まったようだ。
その白い手がゆっくりと自分に近づいてくる。
俺は声をあげることも出来ない。
鏡の中の白い手の先を辿る。
しかし、辿る間もなくその白い手は本体を鏡に映した。

一体いつ目を覚ましたのか。

そんな気配はまったくしなかったのに。

ベッドから音を立てずに降り、まっすぐに俺に手を伸ばす。
鏡の中の、深い海のような青と燃えるような紅の写輪眼と目があった。
「・・・・カ」

カカシ先生

言う間もなく、強い力で右肩を掴まれた。

そのあまりの強さに痛みがわからなかった。
それよりも早くベッドへと引き倒される。
突然のことに思考も体も着いて行けず呆然と相手を見上げた。
荒々しく両肩を押さえつけ、カカシ先生が馬乗りに圧し掛かってくる。
恐い。
そうとしか言いようがない。
圧し掛かってくる男は、つい先ほど見たのと同じ色を湛えた色で俺を睨みつけている。
血の気が引く音が聞こえさえする。
先ほど、ガイ先生と対峙したカカシ先生は怒っていた。
何がそんなに腹立たしいのか殺気を身に纏いガイ先生を睨みつけた。
側に居るだけで卒倒しそうだったのだ。
容赦なく肌を刺すような殺気は、自分に向けられたわけでもないのに足が動かなくなった。
そんな殺気を直に向けられ、恐ろしくないわけがない。
背中から震えが這い上がってくる。

俺は、一体何をしてしまったのだろう。

ここまでこの人を怒らせるようなことをいつの間にしてしまったのだろう。

恐いのに目を逸らすことすら出来ない。
カカシ先生はキツク眉を寄せた。
苦しいのだと言わんばかりに肩で息をする。
(苦しいのか・・・?)
尋ねたいことは他にもある。
なにを怒っているのか。なぜこんなことをするのか。

けれど、


今は、ただ、その苦しそうな顔が気になる。


「・・・だ・・・大丈夫ですか・・・・?」


なんとか声を絞り出すと、カカシ先生が一瞬信じられないとでもいうように目を見開いた。

「・・・大丈夫じゃない」

俺から目を逸らし、吐き捨てるようにカカシ先生が呟いた。

「・・・え・・・?」
聞き返すと俺の肩を押さえつけるカカシ先生の腕が更に力を込めて強張った。
「大丈夫なわけないだろう!!」
穏やかなカカシ先生のはじめて聞く怒号だった。
あまりの大きな声に首を竦めると、グイと顎を持ち上げられた。
容赦なくキツイ視線に射すくめられる。
右手は自由になったがピクリとも体を動かすことが出来ない。
「あんた、大丈夫だって言ったよね」
・・・・何のことを言っているのかわからなかった。
「あの時、あんた大丈夫だって言ったじゃないの。なんで嘘吐くの?全然大丈夫じゃないじゃない」
視線を合わせたまま、カカシ先生が体を折り俺に顔を近づけてくる。
「嘘つき」
あまりに顔が近すぎて、目のあたりしか見えない。
けれど気配でカカシ先生がギュッと唇をかみ締めるのがわかった。
その表情に、泣き出してしまうのではないかと思った。
(泣きたいのは俺だ)
恐怖に俺が泣き出してしまいそうだ。
「恋だってあんたが言ったんだよ。俺は知らなかったのに、あんたが教えた。大丈夫だって言った」
ようやっと、カカシ先生が何の話をしているか解かった。
あの飲み屋で、誰かを想う気持ちは「恋」だと言った。
「大丈夫だって言ったくせに、なんで避けるの?なんで目を合わせてもくれないの?」
「それは・・・っ」
「・・・俺のこと、気持ち悪い?男が好きなのは、やっぱり駄目なわけ?」
皮肉ったように口角を釣り上げてカカシ先生が笑った。
「違います!!」
反射的に言い返した。違う、そうじゃない!俺が避けてたのは、そうじゃなくて・・・!
「だったら!なぜ避けるんだ?!」
言い訳をする前に、鋭い声に遮られた。
確かに、そういう態度だっただろう。逃げることばかり考えていた。
自分の気持ちに精一杯で、カカシ先生が俺の態度にどう思うかまで気が回らなかった。
いや・・・それでもいいと思ったのかもしれない。
どう思われても構わないと。
カカシ先生は恋をしているのだから、その相手に夢中なのだから、例え俺が邪険とも言える態度だろうがなんだろうが、それくらいどうってことないだろう。
ちょっとくらい、ほんの僅か、傷つけたっていいじゃないか、それでもあんたは幸せなんだろう、と卑屈なことを考えた。
(馬鹿か俺は)
俺を押さえ込む手が小さく震えていた。
惚れた男に、こんな真似をさせてしまった。穏やかな人なのに、俺を見る目が辛そうに歪められている。
どれだけ傷ついたのか、それを目の当たりにして初めてわかった。

俺だって、本当に傷つけたかったわけじゃない。
ただこのやり場のない想いをどうしていいかわからなかっただけだ。
今だってわからない。
どうすればこの気持ちから逃げられるのか。
でも、カカシ先生。
あんたがあまりに辛そうな顔をするから。
その顔以上に俺を苦しめるものはないから。

 

もう逃げるのはやめよう。

 

(・・・言わないと)
カカシ先生に対してどんな気持ちでいるか、告白しよう。そうでなければこの人は「俺に嫌われている」と勘違いし傷ついたままだ。


「俺は・・・・」

 

圧し掛かってくる人に目を合わせた。もう逃げる必要はないと思うと不思議と恐怖が和らいだ。
カカシ先生の瞳は相変わらず燃えるような怒りを宿らせている。
けれど、それを恐いとはもう思わなかった。
なにより、この愛しい男の苦しみを取り除いてやれると思うと、笑いすらこみ上げてきそうになる。

 

「カカシ先生が好きなんです」

 

決して言うことはないと思っていた言葉はいとも簡単に口から零れた。

 

「好きで、好きでたまらなくて・・・。避けたのは、辛かったからです。あなたが誰かに焦がれるのを見ているのが辛くて・・・」
ゆっくりと、カカシ先生が体を離した。
虚を突かれたように目を見開いて俺を見ている。
(・・・ああ)
自嘲か諦めか、ため息に混ざって強張っていた体から力が抜ける。
カカシ先生は驚いている。俺が避けているとあれだけ怒っていたのだ。きっとカカシ先生は「俺がカカシ先生のことを好き」など考えもしなかったに違いない。
「・・・どういう・・・」
掠れた声で問いかけてくる。
覚悟はしていたが、胸はやはり痛かった。
これから審判を下されるのだ。男は俺を罵るだろうか。そんな気はないと冷たく言い放つのだろうか。
いや、優しい男なのだ、ただ困ってしまうだけかもしれない。
困って・・・それから・・・、
「あんたが何を言っているのか・・・わかりません」
(理解すらしてくれないのか)
カカシ先生は本気でわからないようで、俺を呆然と眺めている。
落胆しそうになり、いやいやと思いなおした。自分の恋心すらわからなかったような男だ、他人の気持ちを理解しろという方が無茶な話なのだ、きっと。
このまま有耶無耶に話を切り上げることも出来ないことはないだろう。
カカシ先生の殺気はなくなっていた。
けれどここで誤解が残ったままでは、またカカシ先生を苦しめるだけだ。
(何か、言葉を・・・。この人にもわかるような言葉は・・・)
逡巡は一瞬だった。
その言葉はすぐに見つかった。

「恋です。・・・俺は、あなたに恋をしているんです」


この言葉ならわかるはずだ。自分自身、恋に身を置いているならば、疑問を感じることもないはずだ。
恋をしているから辛いのだと。わからないことはないでしょう?


「だから、お願いですから、もう離れてください。このままじゃ俺本当に泣いてしまいそうです」
先ほどより幾分顔が離れているといっても圧し掛かられている状況は変わらない。
見かけによらず逞しい体躯から抜け出そうと身を捩った。男は未だ呆然としているだけだ。
その隙にと上半身を起き上がらせ、カカシ先生の肩を押した。
男の体は驚く程あっさりと俺の上からどいて・・・・、グラリと揺れた。

「ちょっ・・・!!カカシ先生っ?!」

カカシ先生はそのまま横倒しにベッドの下へと落ちた。ドサリと鈍い音が響く。
「大丈夫ですか?!」
(そ、そんなに強く押したつもりはなかったのに・・・?!ハッ!!!まさかさっきの後遺症が・・・?)
そうだった、あれほどの延髄切りをくらったのだ。まだ正常に戻っていないのではないか。
「申し訳ありません!怪我人に俺なんてことを・・・」
慌ててベッドから飛び降りてカカシ先生の体を起そうとした。カカシ先生は床に落ちたというのに、まだ無反応だ。
「カカシ先生?!カカシ先生っ!!」
ガイ先生の延髄切りに加えて、もし今ので打ち所が悪かったりしたら・・・。
(誰か呼びに行かなくては・・・)
立ち上がりかけたところで、腕を引っ張られた。
「カカシ先生?良かった、意識はあるんですね?!大丈夫で・・・・」
驚く程の力に体が傾いてそのままカカシ先生の胸へと引き寄せられる。
(わ・・・!)
「・・・俺のこと、好きなの?」
「へ?あ・・・はい、好きです!好きなんですが・・・あの、それより大丈夫なんですか?どこか気持ち悪いところとかないですか?」
横倒しになったままのカカシ先生に引き寄せられ、今度は俺が押し倒す格好になってしまった。
負担をかけてはならないとなんとか起き上がろうとしたがそれより早く力強い腕に拘束される。
「逃げないで」
「ですが・・・!」
このままというわけにはいかない。予想外の状況に頭は完全にパニック状態だ。カカシ先生が何をしたいのかさっぱりわからなかった。
告白をし、どのように拒絶されるか、そればかりを考えていた。
この恋しい男と離れなければならないことに恐怖をしていたのだ。
なのに・・・今の状況は何なのだろうか。
(まだ・・・理解できていないのか?)
思わず自嘲的な笑みが洩れてしまう。ただこの男の誤解をときたいだけだった。それさえ出来れば良いと思った。
受け入れられるなど考えたことはない。
あれ程誰かに恋心を募らせているのだ。その上でなお俺を受け入れようなど・・・それは遊びであっても、同情であっても、この誠実な男はするはずはないと思っていた。
そんな器用な人間だとは思えない。
けれど、現に拒絶するような素振りを見せない。
頭を打って少しおかしくなっているのかもしれない。あるいは・・・、ただ喜んでいるだけなのか。
俺に嫌われていないと知って、ただ単純に良かったと思っているだけかもしれない。
(・・・辛いな)
拒絶されるのも辛いが、このように理解されないのも辛い。
例え望まれても、好きだからこそこれまでのような友人関係を続けることは出来ないのだ。
「三代目がお呼びになってます。どこも悪くないのなら向かわれてください」
締め付けてくる両腕から逃れようと強引に体を離した。
「駄目だ」
ニベもない声に押しとどめられる。
一度は霧散した殺気が再度洩れ始めていた。
何を怒ることがあるのか、怒っていいのは、むしろ俺の方ではないのか。
好きだから辛いのだと告白したのだ、少しは情けをかけてくれてもいいではないか。
「カカシ先生!離してください!!」
「駄目だと言ってるだろう!!」
恫喝が狭い病室に響いた。
それを信じられない気持ちで聞いた。
背に回る腕に力が入り、息もできないほど抱きしめられた。
「何をすんだ・・・、離せ・・・!!」
ジタバタともがくがビクともしない。
「何してんだよ、カカシ!」
(アスマ先生・・・!!)
殺気立つ病室に割りいってきたのはまたしてもアスマ先生だった。顔をそちらへ向け、この状況を何とかしてくれと訴えようとした。
「アスマを見るな!」
鋭い声と共に顔を元へと戻された。そのまま俺を背に隠すようにしてカカシ先生が起き上がる。
「カカシ、おまえ自分が何してんのかわかってんのか?それ以上情けねえこと仕出かす前にイルカを離せ」
「アスマには関係ない」
「そうもいかねえだろ。現にイルカが嫌がってんだ。見てみぬ振りはできねえよ」
「・・・嫌がってなんかない」
歯を食いしばるような声音だった。
「あ?どう見ても嫌がってんじゃねえか。テメエも男なら振られた相手にしつこく付き纏ってんじゃねえよ」
(ん?・・・振られた・・・?)
カカシ先生の背の後で殺気立つ二人のやり取りを聞いていたが・・・どうも変だ。
この二人は何の話をしているのだろうか。
「・・・イルカ先生は、俺のことを嫌いじゃない」
同じ言葉をカカシ先生が繰り返した。
アスマ先生が苛立ったように舌を打つ。
「話にならねえ。・・・イルカ、大丈夫だから来い。この馬鹿はこっちでなんとかしてやる」
「駄目だ!」
カカシ先生の殺気は確かに本物だ。けれど、隙がありすぎる。それをわかっている上忍の同僚は、その殺気に臆すことなく病室へと入ってきた。
一層ピリピリとした殺気が立ち込める。俺の目の前に立ちはだかる背は広いのに、小さく震えていた。
「カカシせんせ・・・?」
「イルカ、そんな馬鹿は放っておけ。行くぞ」
「近づくな!おまえも、ガイも、イルカに近づくのは許さない!」
子供のヒステリーのようだ。お気に入りのおもちゃを誰にも取られまいと必死になっている。
(・・・まさか)
ハタと俺は勘違いしているのではないかと気づいた。勘違いしているのはカカシ先生ではなく、俺なのではないか。
この男が恋をしているのは、まさか。
「イルカは嫌がってないんだ!」
「カカシ!!」
「カカシ先生の言う通りです!!」
二人の殺気に押しつぶされまいと大声を張り上げた。
アスマ先生もまた勘違いしている。俺が逃げようとしているのは、カカシ先生が嫌いだからじゃない。
「カカシ先生が好きです!だから、そんなにカカシ先生を叱らないでください。・・・勘違いをさせてしまって申し訳ございません。逃げたかったのは、そうじゃなくて・・・」
自分でも何を言いたいのか良くわからない。
「そうじゃなくて」
「おいちょっと待てよ。おまえさっきカカシと付き合うのは無理だっつってたじゃねえか」
「それは・・・」
俺が言い訳をする前にカカシ先生がそれを遮る。
「無理でも・・・嫌われてはないんだ」
「カカシ」
「嫌われてないならそれで良い」
何かを必死で押し殺しているかのような低い声音だった。
俺は好きだと言っているのに、カカシ先生はちっとも楽になってない。
この男は恋をしているのだ。

多分、俺に。


先に動いたのはカカシ先生だった。後手に俺を掴み、体勢を低くした。もう片方の手で印を切り始める。
アスマ先生が焦ったように言い募った。
「イルカ!本当に大丈夫なんだな!」
「大丈夫です!」
真っ白な煙に取り囲まれながら、俺も精一杯叫んだ。この面倒見の良い男をこれ以上心配させないためにも。
何より。
誰よりも恋しい男をこれ以上苦しめないためにも。

 

一瞬の酩酊感の後、気が付くとカカシ先生の家に連れ込まれていた。
「カカシ先生・・・、俺、土足で・・・!」
俺の腕を掴んだままズカズカと廊下を横切っていく。脚絆を履いたままなので慌てて脱ごうとしても有無を言わさぬ力強さで部屋へ引っ張り込まれた。
そのまま抱き込まれる。あまりの強さに、もう抵抗するのは止めた。
さっきから結果的にはカカシ先生を拒んでばかりいる。それがこの男を傷つけているのだ。
「あの・・・勘違いをさせてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
胸に押し付けられるような格好なので、うまく言葉が出ない。くぐもった声はちゃんと聞き取れているだろうか。
「・・・わからないんです」
沈痛な声音だった。
「俺のことを好きだって言うのに、どうして逃げようとするのか。俺のことを好きなのはそんなに辛いことですか?
俺はどうすればいいですか?あんたが好きなのに・・・あんたも俺のこと好きだって言ってくれてるのに、逃げられたらどうしていいかわからない」
ああ・・・と、その言葉に胸が塞がれる。
好きだって言ってくれたのだ。嬉しいと思う。けれど、それよりも切なかった。
自分の恋心から逃げようとそればかりだったことを後悔した。
「あんた俺の前じゃ笑わなくなったし、目も合わせてくれない。嫌われたのかと思うだけで、・・・目の前が真っ暗になりました。でも、心当たりはあるし・・・、あの時あんたは大丈夫だと言ってくれたけど、実際男に言い寄られるのは気持ち悪かったのかもしれない。あんたは優しいから言わないだけで。でも、それがわかっても、とてもじゃないけど諦めることなんか出来ない」
「誤解をしてました。カカシ先生が好きなのは、俺ではなく別の人だと思ってました」
「何を馬鹿な・・・!」
そもそもカカシ先生は俺のことが好きだとはあの時言わなかったのだ。
あんな風な言い方をされては、誰か別の人物に好意を寄せていると思っても仕方がない。
腕の拘束が緩んだので顔を上げた。部屋の電気は点いていないが、窓から差し込む月明かりにカカシ先生の狼狽が見て取れた。
「・・・あんた以外誰を好きになるって言うんだ」
「カカシ先生、俺のことが好きだとは一言も言わなかったじゃないですか」
「俺は言わなかったんですか・・・?あんたが好きだと・・・」
動揺しているように口元に手をやった。あの時のことを思い出すかのように目を泳がせた。
「でも・・・」
「はい」
「あの時、俺は確かにあんたのことが好きだとは言わなかったけど。俺が好きになる相手はあんた以外居ないじゃないですか。この里で・・・俺に話しかけてくれるのは、あんただけです。一緒に飯を食うのも、色々教えてくれるのも、・・・笑いかけてくれるのもあんただけだった。それでどうして他人に懸想など・・・。俺にはあんた以外居ないのに」
カカシ先生の告白が辛い。事実、男は里では一人だった。仕事以外で誰かと懇意の付き合いがあるようには見えなかった。決して嫌われてはいるわけではない。その忍としての功績に憧れを抱くものも少なくない。
カカシ先生の同僚方も、アスマ先生をはじめ皆気にはかけているのだ。けれど、カカシ先生の方がそれを必要としていなかった。
子供ではないのだ、望まれてもいないのに世話を焼くことは出来ない。
そしてカカシ先生はいつも飄々としているので、この男は人との関わりを必要としない、そう思ってしまうのだ。
「・・・ごめんなさい」
俺にも言い分はあるが、俺を見るカカシ先生の目が辛そうに眇められている。怒っているようにも見える。
「好き、です。避けてごめんなさい。勘違いをしてしまって、本当にごめんなさい」
謝罪を言い募りながら、涙が零れてきた。
(・・・やっぱり俺が悪い)
鈍感にも程がある。これほどの好意を寄せられていたというのに、全く気づかなかった。どれ程この男を傷つけてしまっただろう。
「もう、逃げませんか・・・?」
そっと頬に触れられた。涙を拭うわけではなく、恐る恐る触れるだけだった。
これほど求められているというのに、どうして逃げる必要があるだろうか。
白い指先に自分の手を重ねた。
その指は、やはり熱く、男の恋情を訴えているようだった。
おかしくなった。本当に、みかけによらず体温が高い。
「逃げません」
泣き笑いのようにそう言うと、カカシ先生は小さく「良かった」と呟いた。



  

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