夜明け前 後編
カカシ先生の病室を前に俺は異様に緊張していた。
一人悶々とした夜はなんとか空け、俺は無事にカカシ先生の見舞いに来ることが出来た。
病院の門をくぐると、何故か白服を身にまとった年若い医療忍が待ち構えていたかのようにカカシ先生への病室へ案内してくれた。
カカシ先生はもう目を覚ましただろう?具合はどうだろうか?怒ってないと良いなあ、などと考えながらその後ろを着いていったのだが・・・。
「此処です」
案内された部屋を前に足が竦みそうになった。
なぜ殺気が・・・・?
締められている引き戸の僅かな隙間からまるでドス黒いチャクラが洩れ出でているようだ。木枠の曇りガラス戸がビリビリと振動しているようにさえ見える。
それ程の威圧感がカカシ先生の病室の中から漂っていた。
(・・・怖い)
後ずさりしそうになったが後ろから背を押され逆に前へと押しやられる。
「うみの中忍、早く中へ!」
「無理です!!」
何てことを・・・!ちょっとそれはあんまりじゃないか!!
思わず俺の背をグイグイと押す男を振り返った。しかし、此処まで案内してくれた年若い医療忍は俺からサっと目を逸らす。
「大丈夫です、中へどうぞ!」
大丈夫って、この殺気を前にそれは無責任すぎるだろう。あんたそりゃ死にに行けって言ってるようなもんじゃないか!!
必死で足を踏ん張っていたが、無情にも年若い医療忍は戸に手を掛けた。
(ヒィィ〜〜〜〜!!!)
止めろ、開けないでくれ、後生だから。
声さえ出ずに首だけを振った。
だが現実は容赦なかった。
僅かな隙間から噴出する殺気にあてられ気を失いそうになっているところを後ろから思いっきり押される。
戸が目前と迫りぶつかると思った瞬間に、ガッ!!!と視界がひらけた。
「うわ・・・!!」
バランスを崩した一瞬だった。
ビシャン!!!!
真後ろから無情な音が響く。ああチクショウ、戸を閉められた。
若い医療忍への悪態を心中呟きつつ勢いのまま2・3歩勢いのまま病室に入ってしまう。
だが、それ以上は足が進まなかった。
だって前に居るんだ。凄いのが。
(アワワワワ・・・・!!!!)
カカシ先生がベッドに上体だけを起し、渦巻くような殺気を背景に俺を睨みつけている。
普段は隠されている左目が露になっているから余計に怖い。あれが噂の写輪眼か・・・。
怖い、怖いが怖すぎて逆に目が離せない。必然的に見詰め合ってしまう。
「いつまでそこに突っ立ってるつもり?」
先に口火を切ったのはカカシ先生の方だった。
声音は低くやはり恐ろしい。背中をダラダラと冷や汗が流れ、硬直した体は中々前へ踏み出そうとしない。
いつまでも動かない俺に焦れたようにカカシ先生が小さく舌を打つ。
「何か用があってきたんじゃないの?」
一段と重くなる空気にこれ以上カカシ先生を怒らせてはならないとさすがに焦った。
というか、やっぱり滅茶苦茶怒ってるんだな・・・・。
怒っているかもしれないとはある程度覚悟していたが、まさかこれ程とは思わなかった。何がこの男をそれ程怒らせたのか・・・。
「・・・はい。あのお見舞いに・・・。お、お加減はいかがでしょうか・・・?」
言った瞬間しまったと気づいた。お加減など見なくてもわかる。カカシ先生は不愉快極まりないという声で言い捨てた。
「最悪」
(・・・ですよね)
心中で虚しく相槌を打った。
なんだか無償に悲しい。
あれ程会いたかったのに、昨晩はロクに眠れやしなかったのに、ようやっと会えたカカシ先生が何故か無茶苦茶ご機嫌斜めで俺を睨みつけている。
好きだとようやっと解かった途端にこの仕打ちか。
いや、カカシ先生の態度はいつもとそう変わりはしないかもしれない。そういえばいつも殺気立っていたし、俺に対する言葉も態度も辛辣だった。
苛立った空気もいつもと変わらない。
変わったのは俺の方だ。
前は平気だった冷たい視線も、嫌味な上司からでなく惚れた相手からとなると話は別だ。
どうしていいかわからなくなる。
容赦のないキツイ視線に耐え切れずうな垂れた。
何か会話を・・・この男の怒気を少しでも静められるような・・・。せめて、何に怒っているのか解かれば、俺だって動きようがあるのに。
「・・・だから!いつまで其処に突っ立てるんだ!」
グズグズしていると鋭い叱責が飛んできた。身を竦ませるより早く次の言葉が来る。
「もっと側に来い」
「へ?」
「早く!」
「は、はい・・・!」
慌てて駆け寄った。
ベッドの側まで行き、だがやはりどうしていいかわからずオロオロしてしまう。
「何か御用でしょうか・・・?」
カカシ先生はそんな俺に苛立たしげに一瞥をくれると、シーツの上に捨てられている紙屑に視線を流した。
「あれ、どういう意味?」
「どう、とは・・・」
紙屑はよく見ると俺が昨晩カカシ先生に残した伝言のメモ用紙だった。
「そのまんまの意味ですが・・・」
謝りたくて仕方がなかった。それを伝えたかっただけだ。
「あんた俺に何したの?」
「何って・・・」
「俺に謝らなければならないことをしたんだろうが」
「はぁ・・・。あの、昨日、手を叩いてしまって、悪かった、と・・・」
それ以外にも謝罪が必要なことはあるのだが・・・、昨日はただその指を跳ね除けてしまったことが申し訳なかった。
それだけは謝っておきたかった。言い訳は次に会った時にすれば良いと思って・・・。
(わからなかったのか・・・?)
もしかして、カカシ先生はそれがわからなくてこんなに怒っているのか。
謝罪の意味がわからず、自分が酷いことをされたんじゃないかと思ったのか・・・?
その証拠に男の殺気が霧散していく。
「あんた、今までそれぐらいで謝ったことないじゃない」
「でずが!昨日はカカシ先生、傷ついたんじゃないかと・・・!」
カカシ先生が驚いたように目を開いた。
「それぐらいで傷ついたりしない」
「そう、ですか?」
なら、良いのだが・・・。
昨日のあの妙な顔は何だったんだ?
今も。
なんでそんな眉間に皺を寄せて、切ない、とでも言いたげに俺を見るんだ。
「・・・嘘だ」
「へ・・・?」
「今の、嘘。やっぱり傷ついてたかもしれない。あんた、好きだって言ってくれたのに態度悪いままだし」
申し訳なさに胸が痛む。
そうかもしれないと思ってはいたが、だからこそすぐにでも謝りたかったのだが、いざカカシ先生を前にすると想像にはなかった胸の痛みを感じた。
「あんな伝言残して、もう捨てられるのかと思った」
「えぇ!!」
そんな勘違いをしていたのか?!
しかも捨てるってなんだ?あんた捨てられるようなタマじゃねえだろ!
殊勝な台詞に本気でビビった。まさかこの男の辞書に「捨てられる」などという受身の語句があろうとは。
「何その顔」
考えを見透かすようにカカシ先生が不愉快そうに眉を吊り上げた(いつものように)。
「俺は見た目どおり繊細なんだよ。今だってイルカ先生にもっと側に来て欲しいのに言えないし。また払われたらと思うと怖くて手も出せない」
何とも言えなかった。
ふてぶてしい男の言い草は凄い。繊細・・・確かに銀色の髪、白磁の肌、切れ上がった眦、綺麗に生え揃った爪、等々言い出したらキリがないが男の造型は繊細かもしれない。
されど、人間20も後半を過ぎれば内の性格が外見によく現われる。この身に纏う威圧感、これのどこが繊細だ。
(・・・でも)
確かにカカシ先生は今日は一度も触れてこない。いつもは直ぐに胸倉掴んでくるのにそれすらしない。
ギュっと手の平を握り締めた。
もっと側に、と言われた。触れたいと。惚れた相手に。
恥ずかしい、とんでもなく恥ずかしいのだが、・・・ベッド脇すれすれまで根性で近寄った。
カカシ先生がようやっと眉間の皺を解きニッコリと笑う。
「昨日はさ、吃驚して解からなかったんだけど。あんた、照れてただけだね」
「ッ??!!」
見事言い当てられて恥ずかしいやら恐ろしいやらで声が出ない。
カカシ先生は嬉しそうに手の平を俺の前に突きつけた。
「触っても良い?」
「・・・ど、どうぞ」
「顎、もう大丈夫そうだね」
まるで猫のように顎先を擽られる。
(な、なんだよ?!何がしたいんだよ!)
アワアワしている俺を尻目にカカシ先生はご機嫌だ。何が楽しいんだろうか?
為すがままにカカシ先生を眺めた。
そういえば、俺はカカシ先生のことをあまり知らない。生きた伝説のように語られる男の名と、武勇伝と、この激しい性格と、知っているのはそれぐらいだろうか。
こんな調子でこの先やっていけるのかと一抹の不安がよぎる。
だが、お互い様かもなとも思った。
きっとカカシ先生も俺のことを大して知っているわけじゃないはずだ。
「あの、体の具合はどうですか?」
全然大丈夫そうだが一応聞いてみた。
「ん?まあ、起き上がれるくらいには平気。立ち上がれはしないけど」
「は?」
「だから側に来てって言ったんでしょうが」
「えーー・・・?」
あれだけの殺気を放っておいて?いや、それよりあの殊勝な言葉は?怖くて手が出せないとか何とか・・・。あれは嘘か?
体力さえあればいつもの如く俺の胸倉掴むくらいはしたってことか?
(わかんねえよなー)
この男が何を考えてるかさっぱりわからん。
「イルカ先生、今日は仕事は?」
「アカデミーは休校なので、夕方から受付だけですが・・・」
顎を撫でられているので喋りづらい。だが、このご機嫌そうな顔を見ると止めてくれというのも憚れるし、俺もそう嫌なわけじゃない。
俺の答えにカカシ先生は満足げに相槌を打つ。
「へえ」
その顔に、俺はなんとなく今日はこのまま夕方まで此処に居るんじゃないかなと解かった。きっとカカシ先生はそのつもりだ。
(まあ、いっか)
俺だって特に予定があるわけではない。
だったら、この恋人になったばかりの男と話すのも悪くない。
そんなことを考えていると、
「イデ!!」
突然顎を抓られた。
「面白い顔!」
痛みに歪む顔を嬉しそうにカカシ先生が笑う。
本当に何考えてるわからねえ。
(完)
web拍手掲載期間 2007.5.5〜2007.7.15
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