(web拍手御礼小噺) 


執行猶予3日


『退院することにしました』

その言葉通り、次の日にはカカシ先生は退院していた。

「これ」
何食わぬ顔して俺に報告書を差し出す。任務内容は七班での草むしり。復帰にふさわしい太陽の下での清清しい作業だ。
「・・・お疲れ様です・・・?」
これは・・・脱走じゃないんだよな。ちゃんと退院したんだよな。
カカシ先生から報告書を受け取るのはすごく久しぶりだ!しかも、こんな普通に!!
この男に告白(という名の脅迫)をされ始めてそろそろ2ヶ月。
一時は以前のような穏やかな空気はもう望めないと思っていたが、いや、別に望んでも無かったが、この人がこんなに普通に俺の前に立つ日が来るだなんて。
「お預かりします・・・!」
両手で報告書を受け取る。
2ヶ月前を思い出す。
いつも眠たげに瞼を下げ、俺に報告書を提出していた。言葉を交わすことなどほとんどない。
何事にも興味が薄そうで、姿勢が悪くしかもエロ本を常備している、そんな珍妙な上忍だっただけの、あのカカシ先生が・・・!
告られてからこっちの威圧感もない。俺を睨みつけ、胸倉を掴み、嫌味を言うこともない。
それに、顔色も悪くない。目元付近しか見えないが、これは多分悪くないだろ。昨日まではもっと青白かった気がする。
「退院されたんですね?!おめでとうございます!」
「どうも」
頷くだけで素っ気の無いこの態度、けれど、男の雰囲気が穏やかだ。
恋人って良いなあとしみじみ思った。少なくとも以前のように無闇に緊張する必要はなくなったのだ。
(・・・なんか照れるな)
このように公の場で恋人の姿を目にするのは照れる。・・・この人実は男前だからな、思わず見蕩れてしまいそうになる。
ニヤけながらも報告書に目を通す。
「あんた、退院したなら挨拶の一つくらいしに来なさいよ」
よく知る声がした。顔をあげると、面白くなさそうに腕組みをした紅先生が居た。
紅先生は結構デカイ口調だが、カカシ先生は気にする風もない。「ごめーんね」と妙に間延びした声で謝っている。
(この人、こんな感じなんだなあ)
二人のやり取りに妙に関心してしまった。
カカシ先生が誰かと立ち話をする姿などこれまで見たことがなかった。あの性格じゃさぞ協調性もないだろうと思いきや、案外そうでもないようだ。
「あの子達が世話になったし、お見舞いも、ありがとね」
うぉ、カカシ先生が礼を言っている。初めて聞いた。
「・・・えっ?ええ、まあ、どーいたしまして。イルカ、渡してくれたのね」
紅先生の視線が俺に飛んでくる。少し驚いたような顔をしているのは何故だろうか。
「ありがとうイルカ」
「いえ、ついでですから」
艶やかに微笑まれ背筋が伸びた。つられたように隣で受付業務をしている同僚も俺と同じく姿勢を正している。
「そーんなに畏まらないでよ!お礼言っただけじゃない!」
それを見た紅先生が屈託なくケタケタ笑う。一見近寄りがたい程美しいこの上忍師は、実は気さくな性格だと知ったのはつい最近だ。
受付でカカシ先生が好きだと叫んで以降、何故か気安く話しかけてくれる。俺としては八班の話が聞きやすくなったので嬉しい。
「それより、カカシの快気祝いしましょう。カカシの居ない間、私達とても頑張ったもの!パーっとやらせていただきましょうよ、今夜」
「え?」
なんで俺を見ながら言うんだ。紅先生が受付の机に身を乗り出しやけにニコニコと俺を見ている。
でも、快気祝いかー。
悪くないよな。せっかく退院したんだし、ここはパーッと派手にするのも良い。紅先生をはじめアスマ先生にも世話になっているし、礼はするべきだよな(カカシ先生が)。
紅先生の口ぶりだと、俺に幹事をしろということだろう。そういのは長年内勤している俺としては特異分野だ。
「良い案ですね!早速、店を手配・・・」
「駄目」
一刀両断だった。
和やかな会話を断ち切る如く無機質な声音でカカシ先生が言った。主役をほったらかして話を進めようとしたのがマズかったか。
「なんでよー」
紅先生は不満をあらわにするも、カカシ先生はくるりと俺を振り返った。
「今夜はイルカ先生と二人きりの快気祝いなの」
「え?」
・・・そんなの初めて聞いた。カカシ先生の退院を知ったのも今さっきだ。
「そんな約束してませ・・・」
ギンと、カカシ先生の眼光が強くなる。高圧的なこの眼差し!物凄く見覚えがある。何を言わんとするのかも、大体わかる。
・・・でもなあ、ここできちんと快気祝いをしとく方が良いはずだ。この人内祝いの品を持ってお礼まわりするようには見えないもんな。
紅先生の申し出はカカシ先生にとっても有り難いはずだ。社会人として礼を欠くことはするべきでない。一度、こういう場を設けておいたほうが、・・・体裁が良い!
「今夜は紅先生を優先なさってください」
なるべく穏便にカカシ先生の方を辞退することにした。だが俺のそんな気遣いはカカシ先生にはわからなかったようだ。
「俺の優先すべきことはあんただけです」
言い切られてしまった。
紅先生が呆れたように「もういいわ」と肩を竦める。
カカシ先生は報告書の検分を終わらない内に受付処の端にあるソファーに座った。俺の仕事が終わるのを待つつもりらしい。

カカシ先生がイライラしている。
俺の前を猫背のまま風を切るようにスタスタ歩く。その後ろをついて行くが・・・クソ、なんで俺は小走りなんだよ。足の長さの違いのなのか、俺は小走りにならなければ距離がどんどん開いてしまいそうだ。
「カカシ先生!」
呼びかけても止まってくれやしない。
「カカシ先生!早いですって」
「走れ」
俺との距離をどんどん開けながら言うこの男は一体何様だ。ムカついたので足を止める。カカシ先生はそれでも歩く速度を変えない。
どんどん遠ざかる背中を眺めているとだんだんわけがわからなくなった。
付き合いだしてまだ一週間と少し、その間、カカシ先生はずっと入院していたわけだし、それは日常とはやはり違った環境だった。
これまで敬遠したきた男と付き合う始まりとしては逆に良かったのかもしれない。俺は結構あっさりと、これまで逃げまくってたはずの男に会いに行くことに慣れた。
一端は好きだと自覚し、俺なりに恋心を芽生えさせたわけだが、いざ日常に戻ると俺は何も考えていなかったことに気づく。
(・・・わからん)
首を捻ってしまう。遠ざかる背中に寂しさを感じる。だが、この気持ちの持っていきようがわからない。
ムカつくのに寂しいってのは何だ?
その上、カカシ先生が何を考えているのかが、
(さっぱりわからん!)
カカシ先生は俺への好意を隠すことを全くしない。恥ずかしげもない言葉は後で思い返すと結構熱烈な告白のようだが、言われている時はその威圧感に圧倒されただ唖然としてしまう。
今も・・・無言の威圧感を背負った背中が何を言いたいんだか。
「カカシ先生」
呼びかけるわけでもなく、名を呟くと、随分と離れてしまった背中がようやっと止まった。
慌てて走り寄った。追いつくと、また同じ速さで歩きだす。仕方が無いので駆け足で付いて行った。
何処に行くのか聞く暇もなく、連れて行かれたのは知らない民家だった。表札も出ていない。鍵のかかっていない玄関戸をカカシ先生がためらいなく開ける。
入るよう促され、大人しく入ると、ビシャン!と戸を閉められた。暗い玄関に目が慣れず何度か瞬きを繰り返していると、横でカカシ先生が何かブツブツ言っている。
すぐにカチャと小さな音がし、鍵をかけたのだとわかった。
不在時には鍵を掛けていないようだったのに、戻ったら掛けるとは。鍵の意味があるのか。
「あがって」
目が暗がりに慣れる前に、突如まわりが明るくなった。
カカシ先生が玄関口に腰をかけサンダルを脱いでいる。俺も同じように隣に座りサンダルを脱ぐ。
「ここ、俺の家だから」
淡々とした声に、先ほどまでの男の苛立ちがないことがわかった。少しだけホっとした。
「退院祝い何しましょう?」
さっきも二人きりで退院祝いって行ってたもんな。あ、こんなことならどっかに寄って買い物してくれば良かった。
手ぶらじゃお祝いも何もないよな。
「俺、買い物行ってきましょうか?」
せめて何か食う物(できればなるべく目出度そうな)を買ってくるかと思ったが、「いい」と言葉を遮られる。
「イルカ先生が欲しい」
「は?」
横を向くと、随分近くに顔がある。額宛はいつのまにかずらされ対極な色の瞳が露にされている。

「あんた、俺に抱かれてよ」


その言葉の意味をすぐに理解は出来なかった。
「抱かれて」
真っ直ぐに見つめてくる男の目に、ポカンと口を開けた間抜け面の俺が見える。
「え?」
だがそれもすぐに見えなくなる。カカシ先生がサンダルを脱ぎおえ、スっと立ち上がった。俺の腕を掴んで。
グイと引っ張り上げられる衝撃に視界が僅かブレる。
「わ・・・わぁ・・・!」
そのままズルズルと引きずられそうになる。サンダルはまだ足先に引っかかったままだ。
「カカシ先生!俺、まだ脱ぎ終えてない・・・!」
本当は、そんなことどうでも良いとわかっている。ただこのまま中へ入るわけにはいかないと、慌てて足を踏ん張った。
踏ん張る理由があるなら、なんだっていい。突風のような混乱に思考をかき乱される。
この男は何を言った?何で俺を引きずろうとする?
男の言葉が耳の奥で反芻される。
(・・・抱かれる?)
俺が?
カカシ先生に?
「どういうことだ・・・?」
ぼんやりと口を吐く疑問に心中で「アホ」と反論する。
アホ。どういう意味も何もない。あの男にセックスを誘われたのだ。俺に、抱かれろと、隠すことなく意味を履き違える隙もなく、キッパリと言い切られたのだ。
だが、予想外の事態はただ混乱をもたらす。混乱は正常な判断力を奪う。
カカシ先生に抱かれるということがうまく理解できない。
「・・・か、カカシ先生・・・!」
カカシ先生は力任せに俺を引きずろうとする。俺の身体はすでに廊下へと横倒しになっている。片腕をとられているので、半身は僅かに浮いているが・・・。
「カカシ先生・・・!」
もう片方の手を壁に突き、これ以上引きずられものかと力を込めた。相反する力に肩がギシギシと軋む。
「離して下さい・・・!!」
見上げると、カカシ先生の背だけが目に映る。
「腕がもげます!!」
叫ぶように言うと、カカシ先生の足が止まった。
玄関先は明るいが、廊下はまだ明かりがなく、暗い。カカシ先生の向こうは真っ暗だ。
背中がジワリと冷たく汗ばんでいくのがわかった。
不意を突かれ、思考の混乱ばかりが先走っていたものに、身体の反応が追いついていく。震えが這い上がってくる。
「カカシ先生」
さっきから何度も呼んでいるというのに、カカシ先生は何も言わない。
「カカシ先生!」
震えは声を引きつらせる。
「俺、嫌です・・・!」

このままなし崩しにこの男に抱かれるなど、絶対に嫌だ。

(まだ早すぎる・・・!)
付き合いだしてまだ一週間と少し、一昨日不意打ちのキスをくらったばかりというのに、なんで急にこんなことになるんだ。
っつーか、この人強引すぎないか?
俺は明らかに嫌がってるじゃないか。少しは俺の意見も聞くれ。俺に落ち着く暇を与えてくれ。いや、あんがた落ち着け。
「カカシ先生!落ち着いてください!」
言うやいなや、掴まれていた腕を放される。床に落ちた半身が受けた衝撃に気をとられていると、カカが先生がようやっと口を開いた。
「嫌だなんて認めない」
そのまま俺の上に覆いかぶさってくる。声音の低さにゾっと腹が冷えた。
「こんなところまでノコノコ着いてきといて何を言ってるんだか」
「は・・・?」
嘲るような言葉に耳を疑う。
あんたこそ、何を言ってるんだ。二人きりの退院祝いだと勝手に決めて、此処があんたの家だってことすら、俺は着いてから知らされたじゃないか。
「今更嫌がる選択肢なんてイルカ先生にはないよ」
「何を・・・」
なんて言い様だ。一体どこのお大尽様だよ。
だが、いつもならすぐに口から出る悪態も今は無理だった。
見上げるとギラギラとした双眸と目が合った。
怖い。
恐怖に身体が竦んでしまう。
(なにかおかしい)
頭の中で警告音がけたたましく鳴っている。
男の態度は威圧的で、言葉は傲慢この上ない。だが、そんなのカカシ先生ならば当然だ。これでこそはたけカカシだ。
そう思う。
けれど。
今まで感じたことのない恐怖を俺は感じている。隙がまったく見当たらないのだ。いつもは軽口叩けることが出来たのに、今はそんなことしようものなら何をされるかわからない・・・。
(負けるのか・・・?)
おおよそ場違いな台詞が胸中を過ぎる。
男の殺気などもう何度も味合わされた。日常的に殺気を纏っているような男だ。その度に顔から血の気の引きそうな恐ろしさを、確かに感じている。
だが、少なくともその度に俺はムカつき、この男に立ち向かうことが出来た(つもり)のに。
こんな屈服感は知らなかった。
虚勢の張りようが無い。
カカシ先生の手が伸びてくる。そのまま額を片手で押さえつけられた。脳を圧迫するような感触に思わず目を閉じた。
圧し掛かる男を見たくなかったというのもある。
(なんでこんなことになってるんだよ・・・?!)
もうわけがわからなかった。
男は俺にセックスを誘った。それはいい。百歩譲ってそれはいいとする。だって俺達は付き合っている。そういうこともあるだろう。
だが、この状態は何だ?
このように無理やり押さえつけて、嫌がる言葉を聞こうともしない。こんなの強姦じゃないか。
「何で、こんな・・・」
いきなり、どうしたと言うんだ。さっきまで全然そんな素振りはなかった。いつもと変わらなかった。
こんなカカシ先生は見たことがない。
瞼裏が熱かった。
泣いてしまいそうで、更に強く瞼に力を込めて耐えた。そんな俺をあざ笑うかのように、カカシ先生のもう片方の手が俺の頤を強く掴む。
歯をかみ締める暇もなく、唇を温いものに覆われた。慣れない感触に肌が粟立つ。
(クソ・・・!)
唇を何度も生暖かいものに撫でられる。湿った感触にカカシ先生の舌だとわかった。その舌は好き勝手の俺の唇を舐め、顎を伝い、首筋を張っていく。
顔は固定され僅かも動かせはしなかったが、両手も両足も自由だ。
めちゃくちゃに振り回し、なんとか引き剥がそうとした。
加減などとても出来ず、拳でカカシ先生の背を何度も殴った。
「はな・・・っ離せ・・・!!」
蹴り上げた足は虚しく宙を切るだけだったが、拒否の意味をこめ、強く床を打った。
ダンと、鈍い音がする。けれど、首を這う下は止まらなかった。
こんなに抵抗が通じないなんて・・・。
男との間にある力の差に愕然とする。俺の抵抗などまるで感じてないこの男は何者なんだ?
俺が弱いだけなのか?
ガンとして動かない男の頭を殴りとばした。僅かだけ、顔が俺の首から離れる。その隙に髪を引っつかみ、精一杯引き剥がそうとした。
なのに、舌はすぐに俺の首筋に戻ってきた。ヌルヌルとした感触がただ怖い。
「だ・・・誰か・・・、誰か助けてくれーーー!!!」
精一杯喚いた。もはや俺だけでは為す術がない。
「助けなんて呼ぶな・・・!」
首筋から嫌な感触が離れる。唸るような声音を聞いた。
ハっと、視線を動かせば、傷つき揺れる瞳と目が合った。
「そんなに嫌がらないで」
「だったら、こんなことはすぐに止めてください」
「こんなこと?」
クっと喉の奥で笑われた。
「あんたが欲しいと言うのに、こんなこと呼ばわり?随分じゃないの」
頤を掴んでいた指が一端離れる。
「カカシ先生?」
恐怖を与えられているのは俺なのに、圧倒的な力で抑えつけられ、屈服させられているのはカカシ先生ではないのに。
苦しそうなのは俺じゃなく、カカシ先生の方だ。
さっきからずっとおかしいと思っていた。
「何かあったんですか?」
理由があるはずだ。この男はいつも不機嫌だが、このような暴挙にいたったことはない。少なくとも、俺が散々悪態を吐き嫌っていたあの頃も、平然と俺が喚く様を見ていた。
余裕しゃくしゃくだった。
「俺、何かしましたか?」
「別に・・・、胸焼けがするだけだ」
何だそれ?
胸焼けするからって俺を押さえつける理由にはならないだろ。
それでも、この男は退院したばかりだったと思いなおした。具合が悪いのは本当かもしれない。
「じゃあ、今日はもう休んだほうがいいですよ」
言いながら、覆いかぶさる男の胸を押した。
何食わぬ顔を装って。
本当は、まだまだ恐怖に身体は強張っている。
「無理をしては駄目です。退院祝いはまた後日にしましょう」
根性で笑顔まで作った。
ニイ。
カカシ先生が虚を突かれたように目を見開く。やったぜ、決まったぜ。
内心逃げられるかもしれないと一条の光を感じガッツポーズを決める。
だが、次の瞬間、カカシ先生のボルテージが目に見えてあがったのがわかった。
「煽るな!!これ以上ムカつかせるな!!」
まさに超人変化。いつもは適当に流れている髪の毛が逆立っているかのようだ。

この時の俺ときたら、まるで自分のことしか考えられず、なんでカカシ先生が怒ってるのかなど、若干気になりはしたが、そんなことより我が身可愛さに、
どうやって逃げようかとそればかりだった。


「だから、具合が悪いならさっさと休めばいいでしょう?!ここ、あんたの家ですし?!布団ぐらいあるでしょうよ!」
カカシ先生につられ、俺も大声になる。
一度歯向かえば、もう恐怖は後回しになっていく。ヤケクソ感満載で、カカシ先生に喰ってかかった。もしかしたら半泣きぐらいにはなってるかもしれない。
「ムカつく奴になんでこんなことするんです?!さっさと俺の上から退いてください!!」
「黙れ!!」
「黙るもんか!!」
黙ったらまた、恐怖に押しつぶされそうになる。
抱かれる覚悟など、俺は微塵も出来ていない。まだ好きだとわかったばかりなんだ。それが男だということに、男と相愛になったことが、この先何を意味するのか、まだ想像すら出来ていない。
たった今、俺は自分がどうなろうとしているのか思い知っている。
男に抱かれる。尻の穴までさらけ出さなきゃいけない。惚れている相手に。
こんな情けなく、また、根性の要することがあるか?!どうしてこんな重要なことを勝手に進めようとするんだ。
「俺はこのまま黙って抱かれるなんてごめんです」
「さっき言ったはずだ。あんたに選択権はない」
「あるに決まってるでしょう!!俺の人生だ!!男としての沽券をこのまま流されて捨てて溜まるものか!!」
「捨てろなど言ってない。抱きたいといってるだけだ!」
「簡単に言わないでください!それにどれほどの覚悟が必要か、・・・少なくとも、俺にはそれが必要なんです!少しは俺のことを考えてくれ・・・!」
もう身体は完全に自由になっている。
カカシ先生が信じられないように目をかっぴらいて俺を見ていた。構うものか。押しのけ、立ち上がる。
「・・・そんなに、俺に抱かれるのが嫌なわけ?」
「カカシ先生が嫌なわけじゃありません。そうじゃなくて、嫌じゃなくて、怖いんです・・・!抱かれたら最後、全部が変わってしまいそうで・・・」
言葉尻はかみ締めた歯の間に消える。
深く息を吐く音が聞こえた。カカシ先生が頭を抱えている。
そんな仕草一つが気に障る。呆れると存外に言われているようで、ますます情けなさが募る。
「・・・今日は、これで失礼します」
これ以上話しても埒が明かない。互いに感情的に成り過ぎている。
踵を返し、玄関へと向かった。サンダルを履くのも面倒だ。そのまま手に持ち、戸に手をかける。
(・・・あれ?)
だが、戸がビクともしない。カタリとも動かない。
「結界・・・?」
呆然と呟いた。後ろでカカシ先生が「今更気づいたの?」と皮肉る。
「選択肢はないと言ったでしょうが」
確かに戸に見えるのに、まるで壁のようだった。まるで壁に戸の絵が描かれているような、そんな錯覚に陥りそうになる。
目の前が怒りで赤くなる。
「なんで、こんなものを・・・!!」
「あんたを逃がすわけにはいかない」
悲鳴をあげそうになった。
勘弁してくれ!!
どうして、自分勝手に物事を進めようとするんだ?!俺はあんたの何だよ?!便所かよ!!
肩で荒い息を繰り返した。
カカシ先生も同じだ。何かを抑えるように、一度強く瞼を閉じた。そうして開かれた眼は、ただ俺を見据えるだけで、何を思っているのか全くわかりやしない。
「さっきから胸がムカついてしょうがない。あんたを抱かなきゃ、到底収まりそうにない」
そのままゆっくり近づいてくる。狭い玄関口に逃げ場などあるわけがない。
「俺は・・・!」
開かない戸の前で叫んだ。

「今、あんたが俺を抱いたりしたら、俺はあんたのこと嫌いになります」

多分、許せなくなってしまう。
この言葉は決して牽制ではない。

「結界を解いてください」
この場さえ逃れられれば、この嵐のような混乱は治まるはずだ。
おかしいじゃないか。俺達は仮にも好き合ってるはずだ。なのに、どうしてこんなに腹が立ってばかり。
二人して感情的になってるだけだ。互いに馬鹿なことを仕出かさないためにも、一端冷静になる必要がある。
カカシ先生が舌打ちをしながら視線を逸らした。
「・・・いつ?いつになったら、あんたのその覚悟とやらは決まるわけ?」
何かを押さえ込むような声音は低い。
「少なくとも、・・・三ヶ月は・・・」
「長い」
「・・・二ヶ月」
「駄目だ」
「い・・・一ヶ月」
「三日だ」
「短すぎます!!」
「黙りな。それが駄目なら結界は解かない」
「脅迫ですか?!」
「譲歩だ」
(・・・三日はちょっと短いよな)
俺の人生の分岐点じゃないか?それなのに、三日・・・。
「せめて一週間」
「この話はなしだ。すぐにこっちに来い」
クソ。
駄目だ、これ以上は引き伸ばせないのか。
「三日・・・、考えます」
「考える?三日は考える猶予じゃない。覚悟を決めるためのものだ。さっき、あんた自分にも選択肢はあると言ったよね?それも、考えようによってはそうかもしれない。
 あんたにも選択肢はある」
「・・・?どういう・・・?」
カカシ先生に抱かれるか、抱かれないか?(その場合、別れも想定に入れなければならない)
もしくは、カカシ先生を抱くか、俺が抱かれる、とか?(しかし、カカシ先生を抱く度胸が果たして俺にあるだろうか?)
「俺は三日後絶対あんたを抱くよ」
「選択肢なんてないじゃないですか?!」
「あるよ。三日後、あんたは覚悟を決めて俺に抱かれるか、今のように逃げ回ったあげくに俺に犯されるか、どっちか選べる」
「なっ・・・!!」
(・・・それ、選択肢になってんのか・・・?)
唖然と見つめ返すもこれ以上交渉の余地はなさそうだ。とりあえず、今さえ逃れられれば良いだろう。
しぶしぶ頷いた。
「結界を解くよ」
「へ?」
パンと、弾かれるような音を聞いた。
戸にかかっていた手にはまだ力は入ったままだ。結界が解かれ、そのまま戸が俺の力を借りて開く。転がるように外へ出た。






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