となりの暗部
三代目の手の中の泥だらけのサンダルを目にし、膝が折れる。
「・・・ナルトのじゃ、ないです」
あがった息を整えることもせず告げると三代目は心底安堵したようにため息を吐いた。
「そうか、わしはてっきりナルトのだと・・・」
違って良かった、声もなく言う三代目に、俺は頷いた。ナルトは沼にはまってしまったわけではなかった。良かった。本当にそう思う。
だけど。
(だったら、何処に居るんだ・・・)
もうすぐ日が暮れてしまうというのに。あのバカ、一体で何処に行ってしまったんだ・・・!
走ったせいではない息苦しさに胸が塞がれる。怖い。いつも傍に居る幼い体が今は何処にもない。もしかしてと考えてしまう。
もしかして、酷い目にあってやしないかと。怪我でもしていないか、たった一人で泣いているんじゃないか・・・、
「・・・ナルト」
折れた膝を再度立て直す。
(捜さないと)
なんとしてでもあの子を取り戻さなければ。でもどうすれば?七国山病院へはたどり着いていない。何処かで迷ったんだ。でも何処で?あの幼い足で何処まで歩けると言うんだ・・・?
焦るばかりでどうしていいかわらない。
ただ怖くて。
ジっとなどして居られるものか。恐怖に突き動かされるように地を蹴った。アテなどない。けど・・・、
(・・・あの人なら・・・)
鎮守の森が目に飛び込んできた。あの暗部ならナルトを見つけてくれるかもしれない。
複数の制止の声を聞いたが、その声にすら押されるようあの森に向かって駆け出した。
いつかナルトが教えてくれた暗部の住処へ通じるトンネルの前で祈った。
「お願い、あの人に会わせて」
ナルトが教えてくれた時、道は通じていなかった。俺では見つけることができなかったのだ。それでも一縷の望みにかけるしかない。
(お願い)
草木を掻き分け闇雲に走った。奥へと続く道は一つしかない。途中何度も草に足をとられる。邪魔なので履いていたサンダルを脱ぎ捨てそのまま走った。
光は唐突だった。
急に前が開け、足元を浮遊感に襲われる。
(あ!)
声を出す間もなく柔らかな衝撃が体を打った。慌てて状態を起こすと、視線の先には目を見開いて俺を見ているあの暗部が居た。面はつけていない。
「・・・暗部さん・・・」
無我夢中でその胸に縋りついた。
必死で耐えていた感情があふれ出す。我慢など出来なかった。
「お願い、ナルトを助けて・・・!!」
涙が出てきてしまう。俺が泣いてどうすると思うのに・・・、きっとナルトは俺以上に怖いはずなのに。
「今頃あの子一人で泣いてる・・・っ!!」
顔を覆って泣いた。
ずっと怖くて溜まらなかった。でも口には出せなかった。言ったら最後、今のように泣き喚いてしまいそうで。
俺しかあの子を見つけてやることができないと思っていた。
俺が捜さなければ他に誰があの子を見つけてやれる。だから走る足を止めるわけにはいかなかった。
泣くわけにはいかなかった。
縋れるものなど何もない。でも本当はとても心細くて。
オズオズと暗部の手が伸ばされる。長い爪はソっと俺の両肩に触れた。
「・・・お願い・・・!!」
顔をあげて懇願すると、暗部は目をまん丸にして、けれどとても嬉しそうに唇を吊り上げた。そして小さく頷いた。
「助けてくれるんですか・・・?」
暗部はもう一度頷いた。安堵が胸になだれ込む。
「ありがと・・・」
感謝の言葉をようやっと吐き出した。胸が震えてしまう。その胸をギュっと両手で押さえた。
(・・・わ・・・!)
ふいに暖かい腕に包まれる。強く、とても強く抱きしめられた。息苦しくて顔をあげると、暗部はやはり笑っていた。先ほどと違い、目を弓なりに細めている。
(優しい人)
慰めてくれているのだろうか。
なんとか両手を挟まれている胸の間から抜き、俺も暗部に抱きついた。
呑みこまれそうだった恐怖は見当たらなくなっていた。強く抱きしめられれば抱きしめられるだけ、強く抱きつけば抱きつくだけ、恐怖は遠のいていく。
森を守り、里を守ると自来也様から聞いた。
その時感じた胸の高鳴りが蘇る。更に強く胸を打ちはじめる。
漠然とした安心感ではない、はっきりとした安堵はどうしてこうも強く胸を打つのか。
急に体が浮いた。ヒョイと肩に担ぎ上げられすごい速さで地が離れていく。
「わぁ・・・!!」
木を駆け上る足が見える。まるで地を走るようだ。身を乗り出すと、腰に回されている腕に力が込められた。
落ちないようにと言われている。言葉ではなく込められた力の強さが伝えてくれる。
「猫!!」
木のてっぺんにあの大きな猫のバスが居た。標識にははっきりと『ナルト』と記してある。
胸がまたいっぱいになる。まだナルトが見つかったわけじゃないのに、もう大丈夫なんだと思わずには居られない。
暗部はとても丁寧に俺を猫のバスの中へとおろした。
温もりが離れていくのが少し寂しい。けれど、ここまでしてくれた。もう十分だ。
「ありがとうございます」
窓越しに礼を言う。暗部は少し目の淵を赤く染め、やっぱり笑っていた。
猫は一声大きく鳴いた。
暗部の姿が遠ざかる。
思わず窓から身を乗り出し、精一杯手を伸ばした。
風のように走る猫はすぐに暗部の姿を見えなくした。それでも、俺はずっと身を乗り出して同じ方向を見つめた。
また会えるだろうか。
なぜか胸が疼く。
ナルトはもうすぐ見つかる。そうしたら、ナルトを連れてお礼を言いに行こう。
きっとまた会えるはずだ。
高鳴る胸の鼓動と共にそれを強く確信した。
(完)
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