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閃光





トントントンと、包丁がまな板を叩く音が聞こえてくる。
目覚めたばかりでいささかぼんやりとした頭にその音は心地よい。同時に良い匂いもする。
「・・・味噌汁」
そうだ、これは味噌汁の匂いだ。
(味噌汁食いたい)
俺はベッドから起き上がると匂いのする方へ向かった。
「イルカ先生?起きたの?」
ふいに、ひょっこりと目の前に誰かが現われた。
「えー・・・っと」
何で俺の部屋に人が居るんだ?いや、待てここ俺の部屋か?俺の部屋はこんなに広くないし、第一畳じゃなかったか?
ひんやりとした木の感触を足の裏に感じるのを不思議に思いながら目の前でニコニコと笑う男をぼんやり眺めた。
「おはよう。フフ、まだ寝ぼけてるの?」
フワフワとした銀色の髪が男が笑うのに合わせて揺れた。朝の光を浴びた髪はキラキラと反射して眩しくて・・・。
「・・・おはようございます」
そこでようやっと気づいた。
嬉しそうに笑う男ははたけ上忍だ。口布も額宛もないもんだから一瞬誰だかわからなかった。
「もうすぐ朝ごはん出来るから、イルカ先生は座って待っててください」
お玉片手にニッコリ笑うと、はたけ上忍は台所へと戻っていった。
それを半ば呆然と見送り・・・・、うな垂れた。
(今日も駄目か)
目覚めたら男が正気に戻ってないかという願望はいともあっさり崩された。むしろ正気に戻るどころかますます酷くなっているように思えた。
今も俺のために朝ごはんを・・・あの人上忍なのに・・・。
恐縮するので止めて欲しいのが本音だが、あの嬉しそうな顔を見るとそれを言うのは憚られる。
あの日、もう一昨日か、男は俺から離れたがらなかった。少しでも体を離そうとすると、傷ついたように目を揺らすのだ。しょうがないので手を繋ぎ男の家まで送っていった。
男は任務帰りでドロだらけだったから、ひとまず風呂に入れようと思った。
任務から戻ったばかりでいささか神経も興奮しているのかもしれない、頭を冷やすためにも風呂を薦めたのだが、断固として嫌がる。
その嫌がり方があんまりだったので、つい『俺が体を洗うので、頼むから入ってください』と頭まで下げてしまった。
(俺は馬鹿だ!)
その時のことを思い出し、カーっと顔に血が昇る。
・・・実際、風呂など入りどころではなかった。男の服を脱がせて(そこまでしたのだ!)すぐに、俺は後悔した。
男が欲情していたからだ。俺は逃げられるはずもなく、・・・風呂場で水濡れになりながら、何度も男に抱かれた。耳元で何度も愛の言葉を囁かれた。
恥ずかしい。あんな恥ずかしい思いは二度とご免だ。
心からそう思う。むしろ願っている。
(どうかもうあんな目に合いませんように!!)

なのに、・・・実際のこの状況ときたら。

俺は一昨日から家に戻っていない。はたけ上忍が帰らせてくれない。
昨日、目が覚めた俺はさすがに怒った。
男に抱かれることを全く考えていなかったわけではなかった。
震える体をあやしながら、ある程度の覚悟を決めていた。既に一度尻を掘られているのだ。それが2度になろうが3度になろうが大したことじゃない。
だが・・・まさかこんなにすぐに犯られるとは。
(・・・少しは我慢してくれると思ったのに)
あれ程俺に嫌われたくないと言い募っていたのだ、俺が嫌がれば普通引くだろう。
俺は期待していた。男はあの時のことをとても悔いているようだったので、もうあんなことはしないはずだと。
実際は期待外れもいいとこだった。
男は我慢の「が」の字も見せずに暴走した。
これで怒らずにいられるほど俺は人間が出来ちゃいない。相手が上忍だとか一切忘れ、男に詰め寄った。これまで必死で知らない振りしていた鬱憤が大爆発だ。
結構酷いことを言った気がする。風呂場で犯られた恥ずかしさもあり、「馬鹿」だの「変態」だのまるで子供の語彙のような稚拙さで罵ってしまった。
男はそんな俺にひたすら謝った。何を言っても眉尻一つ上げず、沈痛な面持ちで謝罪の言葉を繰り返した。
そして言うのだ。

「嫌いにならないでください」

・・・だ、だったらあんなことすんじゃねーーー!

思わず頭を抱えてしまった。男との会話は一向に埒が明かなかった。そのうち罵る言葉も底を尽きた、男は相変わらず謝るばかりだ。
言うだけ言うと少しは落ち着きを取り戻した。
(嫌いだなんて今更言えやしねえ)
あの時俺は男に手を伸ばしてしまったのだ。今更その手を引っ込めること程残酷なことはない。
薬の効果が切れるまで、俺は男に付き合うしかなかった。
俺が「もういい」と言っても男の表情は晴れなかった。少なくとも、この時点では後悔しているのはありありと伝わった。
何故こうも後悔するくせに抑えが効かないのか ―― 、考えて、思わず眉を顰めてしまった。
そういう薬だということか。恋に狂い理性の箍を外される、そういう作用があるのかもしれない。
必死な姿にエリート上忍の陰はなく、少し、居たたまれなくなった。
とりあえず俺は一端自宅に戻ることにした。幸いにもこの日は日曜日で特に勤務はなかったが、明日からはまた普段通り働かなくてはならない。
いつまでもここに居たんじゃまたいつ襲われるかわからない。授業の準備もある。はたけ上忍に帰る旨を告げた。
すると男は目に見えて顔を青ざめさせたのだ。
謝っている時の表情も辛そうとしかいいようがなかったが、コレほどではなかった。
まるで能面みたいな顔をして・・・。
帰ることなど出来なかった。結局はたけ上忍の家に泊まることになってしまった。

「イルカ先生、美味しい?」
租借している最中に話かけてくるのでロクに相槌も打てない。首を縦に振り肯定の意を現すと、はたけ上忍はふわりと笑った。
(・・・美人だな)
思えば、男の顔を落ち着いてみたのはこれが初めてかもしれない。昨日もずっとはたけ上忍は素顔を晒していたわけだが、俺はほとんど寝ていたのでよく見てない。
そうだ、こんなに飯が美味いのも昨日何も食わなかったからか?
食卓に並ぶ料理はどれもおいしく、俺はさっきから箸が止まらなかった。
モグモグと咀嚼したまま、改めてはたけ上忍の顔に見入る。
(こんな美人、見たことないねえぞ)
見れば見るほど男の顔立ちは端整で隙がなかった。片目しか見えていない時は覇気がなく見えた眠たげな目も、両目揃えると全然印象が違う。
切れ上がった眦は鋭く、びっしりと長い睫が生えている。スっと通る鼻梁に、形の良い唇。顎の線も男っぽさは見えるもののすっきりと無駄がない。
(すげえ)
くの一達が浮き足だっていたのも、男の持つ肩書きに目が眩んでいたわけではなく、この隠された美貌を見抜いていたからなのか。
「俺の顔に何かついてますか?」
俺があまりにも見つめるので、はたけ上忍は不思議そうに自分の顔に手をやった。
少し不安げに瞳を揺らした。銀色の睫が儚げに震える様に慌てて口の中のものを飲み込んだ。
「いいえ!あんまり美人なんで吃驚しただけです!」
思ってた通りに口にすると、男は吃驚したように目を開いた。
「急にどうしたんですか?」
「あ・・・いえ、すいません。はたけ上忍の顔をちゃんと見たの初めてだったもので・・・」
言いながら、しまったと思った。男の眉が僅かに顰められる。
「初めて?・・・・じゃあイルカ先生は昨日まで何を見てたんですか?」
「もちろん、はたけ上忍の顔を見てはいたんですが、ちょっとそれどころじゃなかったというか、こう明るい日差しの下で見るのはそういえば初めてじゃないかと・・・・」
言い訳をしてみても、男はますます眉根の皺を深くするばかりだ。その様子もまた憂いを帯びたように見えつい焦ってしまう。
勢いのまま謝りそうになってしまったが、いやいやそこまで変なことは言ってないと、自分を押しとどめた。
(美人って得だなあ)
表情一つで簡単に周りの人間を慌てさせることが出来るなど、まるで幻術のようじゃないか。
感嘆とした思いで男の憂いた横顔を眺めた。
「ずっと気になってることがあります」
「?何ですか?」
「イルカ先生に『はたけ上忍』と呼ばれるの、嫌です」
「はあ・・・」
てっきり今までよく顔を見ていなかったことで不機嫌になってるのかと思ったが、なんだ?呼び方が気に入らなかったのか?
「アスマや紅は「先生」って呼ぶのに、俺だけこんな味気のない呼ばれ方なのは嫌です」
アスマ先生や紅先生とはこれまで少なからず付き合いがある。それにこの二人は気さくな性格で親しみやすいのでそう呼ばせてもらっているのだが。
はたけ上忍とはこの春知り合ったばかりだし、何より近寄り難い感がヒシヒシとあり気安く「カカシ先生」なんて呼べず・・・、でも、それが嫌だというのなら、
「はたけ先生、ではどうですか?」
俺なりに考え失礼のないよう譲歩してみたのに、はたけ上忍はカッと眉尻をあげた。
(あ、怒った)
どうやら気に入らないらしい。
昨日までは辛そうな顔しか見ていなかったので、この表情の変化は嬉しくもある。側に居るのにずっと気楽だ。
そういうことを考えて、そうか、と納得した。
今日、急にはたけ上忍が美人に見えたのはその表情のせいだろう。どんなに整っていても、能面のような顔では美しいとは思わない。
「・・・どうして、笑ってるんですか?」
気が付くとはたけ上忍がムっとした顔のまま俺を覗き込んでいた。
「へ?笑ってました?」
自覚がなかったことを指摘され少し気恥ずかしい。
「やっ、あー・・はたけ先生美人だから、照れてしまって!」
誤魔化し半分に鼻の頭を掻きながら言う。嘘は言ってないぞ、美人と思ってるのは本当だ。
ただはたけ上忍はますますムっとした顔になってしまった。そんなに『はたけ先生』と呼ばれるのは嫌なのかと思い、少し笑えた。

 

 

昼休みの鐘がなるのと同時に教室を飛び出した(生徒より先に)。行く先は一つだ。
「紅先生!!」
前に紅先生と話をした特別棟の教室へ駆け込む。
「シー!!声がでかい!!」
入ると同時に俺よりデカイ声で咎められ口を塞がれた。
「カカシがあなたを捜しにくるわ。気配を消して。いい?用件だけ言うわよ?」
紅先生は周りをキョロキョロ伺いながら声を落とした。

こんなに俺達が挙動不審なのにも訳がある。
今朝、はたけ上忍の家を出る時にひと悶着あった。はたけ上忍は相変わらず俺の側を離れたがらないで俺の後をついてくる。万年遅刻壁のあるので朝が苦手だと思っていたが、早朝から飯を作るわ俺と一緒に家を出ようとするわ、噂と全然違う。
最初は七班の任務が入っていると聞いていたので、じゃあ途中まで道も一緒だなあと呑気に思っていたが、はたけ上忍はアカデミーまで着いて来た。
途中何度も追い返そうとしたが、ノラリクラリと交わされ結局職員室まで送らされる羽目になった。俺が職員室に入った時の皆のギョっとした視線が忘れられない。
『イルカ先生、今日は何時に終わるの?迎えに来るからね』嬉しそうに目を緩めうっとりと言う。あげくに俺の頬に口付けてきた。
あの写輪眼のカカシがしがない中忍野郎のほっぺにチュウ・・・職員室の時が止まった。皆の考えていることが手にとるようにわかる、わかるぞ。
俺が一番わかるぞ。おかしいよな?大の男が職場まで送ってもらうってどうよ?園児かよ。非常識にも程があるよな。しかも相手が生きた伝説はたけカカシ。
驚くよな?っつーか、不安だよな?木の葉の第一線を担う男の頭がおかしくなったんじゃないかって木の葉の行く末を案じたくなるよな?
俺が一人オロオロしている側ではたけ上忍は嬉しそうに笑っている。すげー腹が立つ。
朝礼が始まったのではたけ上忍はしぶしぶどっか行ったが、それでも職員室のシンとした空気はしばらくそのままだった。
周りの突き刺さるような視線が痛い。けれど誰も何も聞いてこなかった。皆聞きたくないのかもしれない。
もし本当にはたけカカシの頭がパーになったのだとしたら・・・、そんな事実、目を背けたいに決まってる。
俺は今更ながらこの状況がとんでもないことに気づいた。
これは俺個人の問題・・・、いや俺とはたけ上忍だけの問題ではなかったのだ。
はたけカカシの背負うモノ大きい。その名だけで他国を牽制できるそうだ。そんな男が「色ボケしちゃいました」「あらあら」で話が済まされるはずがない。
よくよく考えてみれば、あの薬も怪しい。紅先生はただの旅商人からかったインチキだといっていたが本当にそうなのか?変な術かかってたんじゃないだろうな。
考えれば考えるほどこの状況は拙かった。
一刻も早くはたけ上忍には正気に戻って貰わなければ・・・!
俺は紅先生に連絡を取った。

「薬の作用は切れてない。緩和剤も出来てないわ。今、あの旅商人を捜してる」
(全然話が違うじゃないか!)
叫びたかったが口を塞がれては満足に声も出せない。
「もう少し我慢してカカシに付き合ってあげて」
(・・・・ちょっと嫌だな)
今朝のことを考えるとすぐに頷くことが出来ない。
「まずいことになってる。カカシの奴、この前の任務中何度も里に帰ろうとしたらしいのよ。それで少し予定が狂ったらしいわ。任務は遂行できたらしいけど、いつも上手く行くとは限らない。任務中もあなたの名前ばかりブツブツ言ってたみたいよ。恐いわよね。今のカカシはあなたのことしか見えてない。これでもしあなたに振られたりしたら・・・」
なんて恐い話なんだ。あのはたけ上忍が木陰に身を潜めながらブツブツと俺の名を呟いている様子を想像して背を冷たい汗が流れる。
「任務中はずっと情緒不安定だったみたい。でもね、今日のカカシはすごく落ち着いているじゃない?イルカのおかげよね?そうよね?さすがだわ。だから、もうちょっと付き合ってあげて?」
確かに・・・今朝のはたけ上忍はご機嫌だった。嬉しそうにアカデミーまで俺の手を引いた。昨日まではあんなに弱気な面してたのに、なぜ急にあんな強気な行動に出たんだ?
そこまで考えて、いや、と思いなおした。
男は一見弱気な発言を繰り返し死にそうな顔をしていたが、最終的に俺の方が振り回されっぱなしだった。
物事を省みないあの強引さが、いくつもの死線を潜り抜けた(らしい)男を生かしているのかもしれない。
「そんな心配しなくても大丈夫よ。その内薬の効果もきれるわよー」
・・・前もそんなこと言ってなかったか?紅先生意外に大雑把だな・・・・。
力なくうな垂れる俺に、紅先生はなんとも呑気に言ってのけた。
「あ、ヤバイ」
が、急に気配を変えた。と思ったらすぐに「じゃあね」と言い残してドロンと消えてしまった。
(?・・・どうしたんだ?)
不思議に思いながらも教室を出ると、紅先生が急に消えた理由がわかった。
「イルカ先生!」
はたけ上忍が廊下の向こうから走ってくる。そういえば、さっき紅先生からそういうことを聞いたな。
思わず逃げ出しそうになったが、特に逃げる理由もないことに気づいた(少し後暗いが)。
あんなことを聞いたからなのか、嬉しそうに走ってくる男には恐怖を感じるが逃げた後の方が恐い目に合わされそうなのは薄々わかる。
「良かった、此処にいたんだ。職員室に行っても戻ってないって聞いたから探しました」
また職員室に行ったのか・・・・。せっかく休み時間、この男の出現によって和やかな空気が固まる様が想像できうな垂れてしまった。
「お昼ご飯食べましょう?お弁当作ってきました」
「弁当・・・?」
朝作ったのか?いや、作っていたようには見えなかった。今日は七班の任務が朝から入っているので他に弁当を作る時間などないはずなのに・・・。
「何時作ったんですか?」
嫌な予感に恐々口を開くと、恋に狂う男はさも当たり前のように「出来立てですよ」とニッコリ笑って風呂敷に包んだ重箱を俺に差し出した。

 

 
 


  

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