恋に落ちる
里での生活に慣れていない奴だから不便も多いだろう。気にかけてやってくれ。
初めてカカシ先生と引き合わせれた後、三代目にそう言われた。
三代目の心遣いに俺は頷いたが、実際に何かすることはないだろう。
いくら里に不慣れとは言っても、男は凄腕の上忍、世話をする女が居ないはずがない。
また、仕事上でもこの男の手助けをしたい輩は大勢居るだろう。
アカデミー教師の俺では何も役に立てることはない、そう思っていた。
「・・・カカシ先生?どうかなさったんですか?」
受付へと行く途中、奥まった場所にある自販機の前で銀色の髪がウロウロしているのが見えた。
近づくとカカシ先生が困ったように顎に手を添え自販機を睨みつけている。
「イルカ先生、お疲れ様です」
カカシ先生は俺に気づくと右目だけをこちらへよこし、またすぐに自販機を見据えた。
「お疲れ様です。・・・あの、自販機がどうかなさいましたか?」
「あ〜、うん。アスマにね、コーヒー買ってこいって言われたんだけど・・・」
ボソボソと呟き、顎に手を添えたまま首を捻っている。
「自販機が壊れてますか?」
カカシ先生の様子に俺も自販機を伺った。
自販機には故障中のランプがついているわけでもない、正常に稼動しているように思えた。
「カカシ先生、お金いれましたか?」
「・・・へ?・・・あ、あの・・・」
「あーもしかしたら、金だけ持ってかれちゃいましたか?たまにあるんですよね、・・・よし、っと」
俺はポケットを探り小銭を取り出した。それを挿入口に入れると自販機は何の問題もなく稼動した。
「あれ?動きますね?まぁ、いいや。カカシ先生、コーヒーでよかったんでしたっけ?」
「は、はい」
「ブラックですか?それとも何か他に淹れますか?」
「・・・・・ちょっと、わかりません・・・・・」
「そう、ですか。ま、アスマ先生ならブラックでしょうね。・・・はい、どうぞ」
取りだし口から出てきた紙コップを手渡そそうと振り向いたが、カカシ先生はそれを受け取ろうとしなかった。
どころか、しげしげと自販機を見つめている。
「カカシ先生?どうかなさいましたか?」
「・・・そういう風にすればよかったんですね」
「・・・・・は?」
「俺、自販機の前に来たのはいいけどどうしていいのかさっぱりわかんなくて・・・」
「はぁ」
「よかったです、イルカ先生に会えて。ありがとうございます」
カカシ先生は律儀に(無表情のまま)頭を下げてきた。
俺はと言えば、カカシ先生ほどの上忍に頭を下げられてしまい、まだ紙コップを持ったまま動揺してしまう。
「ああああ頭を上げてください!大したことじゃないので・・・!!」
ふと、先日三代目に言われた言葉を思い出した。
里には不便が多いだろう
(・・・・まさか)
まさかこの上忍、自販機の遣い方一つわからなかったのか?
「・・・・あの、失礼かもしれませんが、カカシ先生・・・・」
「はい?」
やっと頭を上げてくれた。
「里内での生活に困ってらっしゃいるのでは・・・・?」
自販機の遣い方すらわからない人だ、日常生活はちゃんと送れているのだろうか?
恐る恐る聞くと、カカシ先生は激しく頭を掻き出した。
「お恥ずかしい話なんですが、わからないことだらけで・・・。聞けばいいんですが、それも・・・」
ああ、カカシ先生ほどの忍だ、それなりにプライドも高いのだろう。
確かに自販機の遣い方がわらないのは恥ずかしいかもしれない。
「何をどう尋ねればいいのかわからなくて・・・」
え!!そっち?!
そんなアカデミー生が授業中に「先生!どこがわからないかわかりません!」って言うのと変わらないじゃないか!
「飯食うのも大変で・・・」
「カカシ先生!!」
余りに情けない上忍師の姿につい声を荒げてしまった。
「は、はい!!」
カカシ先生はそれにビクリと反応する。
「何か、俺に出きることはないですか?」
「へ?あ、あの・・・」
「俺、内勤なんで里内に関しては詳しいんです。何か困ったことが有るようでしたら、何なりと申しつけてください!」
「・・・えっと、・・・いいんですか?」
「もちろんです!どんな些細なことでもお気軽にどうぞ!」
言ってしまった後に、図々しすぎたかと後悔したが、一度胸を張ってしまったものは仕様がない。
無言のカカシ先生の前で俺は数秒胸を張るハメになった。
上忍相手になんて偉そうなんだ、俺。
「・・・助かります」
けれどカカシ先生がそう言ってくれたので、ホっとした。
「おーい、カカシー!コーヒーまだかーー!!」
その時タイミングよく廊下の端の方からアスマ先生の声がした。
「あ、じゃぁ、イルカ先生、これで」
「はい。また」
アタフタとカカシ先生が戻っていく。
(・・・凄腕なのにパシらされているなんて・・・)
俺はその後ろ姿を少々やりきれない思いで見送った。
この日、俺はカカシ先生のことをちゃんと気に留めようと思った。
それから二日後のことだった。
「カカシ先生?」
明日の野外演習の下見にアカデミーの裏山に俺は来ていた。一通り確認を終え、問題ないなと山を降りはじめた時だ。
前の方で銀色の髪がチラチラとしているのが見えた。
「イルカ先生、お疲れ様です」
俺が声をかけると、カカシ先生が振り返って俺が追いつくのを待った。
あまり離れていなかったのですぐに追いついたのだが(そんなに近くに居たのに気づかなかったのはカカシ先生がすごい上忍だからだ、俺が鈍感なわけではない)、そのカカシ先生の手元を見てギョッとした。
「イルカ先生、こんなところでお仕事ですか?」
「・・・え、ええ、明日の演習の下見に、ですね・・・」
カカシ先生は俺が釘付けになっている自分の手元を特に気にした様子もなく淡々とどうでもいい話を始めた。
「ふーん」
「あ、あの、カカシ先生は?どうしてここに・・・?」
普段この山は一応立ち入り禁止になっている。(演習用なのでそこかしこに罠がしかけられているからだ)
まぁ、アカデミー生の演習用なので危険というわけでもなく、特に厳しく規制されているわけではないが・・・・。
「ちょっと所要がありまして・・・」
今日は七班の任務は杯っていなかったはずだ。カカシ先生の単独任務ならば俺が口を挟むことはない。
けれど、どうもそうではないらしい。ならば気になる。
なぜカカシ先生は
「その、猪は一体・・・?」
小熊サイズはありそうな猪を引きずっているのだろうか?
「ああ、晩飯ですよ」
俺の問いにカカシ先生はサラリと答えた。
(ば、晩飯っ?!)
俺は何に驚いていいやらわからなかったがとりあえずカカシ先生の口から出てきた単語の凄まじさにショックを受けてしまった。
あんぐり口をあけた俺をカカシ先生は気にする様子もなく、猪を抱えなおして歩きはじめた。
(・・・すげぇ腕力)
「結構大物が獲れてよかったです」
カカシ先生が話すので俺もうっかりその後をついて行く。
「・・・え、ええ!確かにデカイですね!こんなの滅多にお目にかかれません」
最初のショックが抜けきれない俺はカカシ先生の話しに合せて相槌を打つ。
「全部食べるのに何日かかるんでしょうね?!」
アハハとヤケっぱちで相槌を打っていると、カカシ先生はくるりと振り返った。
「何言ってるんですか。一食分ですよ」
ええっ?!
そんな三十キロはあろうかと言う猪を一回で・・・・?!
「イルカ先生も居るし、足りるか心配です」
ええっ?!
俺も食うの?!
嫌だよ、食いたくない。
俺が再びショックを受けている間にも、カカシ先生はノラクラと歩いていく。
そして川の上流を見つけると、そこで猪を下ろした。
「・・・カカシ先生、クナイでは捌きにくいのでは・・・」
「そうでもないですよ」
「そうですか・・・・」
デカイ猪を淡々とクナイで捌く男。
俺はもう、驚きすぎて笑ってしまいそうだった。けれど、これすらもまだ序の口だったのだ。
ある程度の肉を切り落とすと、カカシ先生はそれを俺に渡した。
「すみません、ちょっと持っててもらえますか?」
いくら見事に捌いてくれたと言ってもさっきまで生きていたであろう猪の肉は温かくまた血も滴っている。
俺はカカシ先生に押し付けられた肉を両手で受け取ったままただ突っ立っていた。
そんな俺をよそにカカシ先生は印を切り始める。
(・・・悪魔でも召還すんのかな?)
気がつけば辺りは既に薄暗い。しかもここは人気のない場所、猪という生贄もある。
悪魔など、そんな馬鹿らしいことを本気で思ってしまうほど俺の感覚は麻痺していた。
(あ、まさか生贄には俺も含まれてんのか?)
ハタと恐ろしい考えに行き付いた。
冷や汗が背中を伝う。
ヤバイ。
けれどカカシ先生は印を切り終え・・・・。
ボワンと煙が立ち昇った。
アワワワワワ・・・・・・・。
煙の中で何かが光っている。複数の光ものは煙が引きそれが何者かの目であることがわかった。
「カカカカカカシ先生・・・・・っ!」
「おまえら晩飯だよ」
ヒィ!!この野郎、俺を餌にする気かっ?!
暗闇に光る目は爛々と俺を見据えている。腹が減っているのか、兇悪な唸り声を各々あげて俺へとにじりよってきた。
(・・・・デ、デカイ・・・・)
数匹いる中には四足で俺の胸あたりまであるものもいる。
竦みそうになる足にそれでもなんとか力を込め地を蹴ろうとした。
だが相手が悪すぎる、相手は獣、俺の僅かな動きに敏感に反応し今にも飛びかからんばかりに体勢を低く構えた。
いくら俺が忍といえど、この獣達よりも早く動ける自信ははっきり言って、ない。
万事休す
俺は向ってくる相手を為す術なく見つめることしか出来ない――。
中忍うみのイルカ、ここで化け物に食われて死んじゃいます☆
馬鹿らしいことを考えながら俺は目を閉じた。
己の最期がまさかこんな結末とは・・・。
「いいかー、怪しい人に付いていったら駄目だぞー」
「怪しい人ってーー?」
「ん〜〜、そうだなー。人は見かけによらない場合もあるからなあ。まぁそこらへんはお前等の感に任せる。
こいつは怪しい、お前等も忍の卵なら第六感がそう訴えてくるだろう。それを信じろ。
あ、あとお菓子あげるからとかそういうのはとりあえず疑えよ」
「はーーーい」
とある日にアカデミーの授業中に交わした会話が甦る。
ごめんな、先生お前達に適当なこと言ってたんだな。
怪しい人は見た目からして怪しいよ。しかも、晩飯の言葉に(釣られたわけじゃないけど、かなり嫌だったけど)
ヌケヌケとついて来ちゃったよ。
ああ、俺の馬鹿。
なんではたけカカシについて来たんだよ。
猪を晩飯にしようが、一晩でかっくらおうが俺には関係ないだろうのに、つい野次馬根性が・・・
「イルカ先生?何ボーっとしてるの?」
「・・・・・あ?」
「肉、もういいですよ」
「・・・・へ?」
構えていたのにいつまで立っても恐れていた衝撃はこない。代わりにカカシ先生の声がした。
恐る恐る目を開けるとカカシ先生が俺の持っていたはずの猪肉を持って立っている。
「あれ?俺食われたんじゃないの?」
「・・・・・?」
どうなってんだとキョロキョロと辺りを見まわす俺をカカシ先生はやはり気にする様子もない。
そして俺もカカシ先生よりも今はあの獣達が気になる。
どこにいるんだと思ったのも一瞬、俺の直ぐ後でガツガツとあまり穏かでない音がする。
恐々と振り向くとそこには、
(・・・・犬?)
かなりデカイのもいるが俺の恐れていた獣が犬であることがわかった。
そういやカカシ先生は忍犬も使うんだっけ・・・?
そうか、確かにこれら犬の晩飯ではあの猪1頭も頷けるだろう。
上忍が不可解なことをしようとしたわけではないのには安堵した。
しかし、犬達は嬉々として肉を貪っているその光景は恐ろしく迫力がある。
「イルカ先生、どうぞ」
俺が呆気に取られていると後からニュっと拳大のものを突き出された。
「・・・あ、ど、どうも」
そして俺はそれを条件反射的に受けとってしまった。
(・・・・これ、食うんだったな)
カカシ先生に渡されたものは小枝に突き刺さった猪肉だった。黒焦げになっているが火が通っていた方があり難い。
新鮮なので臭みもないしな・・・。
「アハハ、頂きます」
麻痺した感覚ではもう驚きも余り感じなかった。
俺は今何処で何をしているんだろう?
後では犬達が腸を引きずり出したり肝を奪い合ったりと猪をすごい勢いで貪っている。匂いに釣られたのか、上ではカラスがギャ―ギャ―と声を上げていた。そんな中、俺とカカシ先生は向かい合って猪肉を食らうのだ。
しかも明かりは一切ない。
普段は聞こえるであろう虫の声も今は静まりかえっていた。
「塩ふりますね」
「・・・・ありがとうございます」
暗闇で響く男の心遣いの声に、俺は涙が出そうになった。
この人はまさか毎日こんな晩飯を・・・・?
それは疑問ではなく確信に近い。
「誰かと飯を食うのは久しぶりです」
俺が肉を食いちぎっていると、向いでカカシ先生がボソボソと喋りはじめた。
ただでさえ表情のわかりにくい男だ、この暗闇ではもう何がなんだかわからない。月光がカカシ先生の額宛を照らし、顔の位置を俺に教えた。
「楽しいものですね」
え?この状況が?
まわりの無残な状況が視界の端を霞めたが、カカシ先生が楽しいというのなら楽しいのだろう。
俺はそれに頷いた。
「あいつ達にも久々に腹いっぱい食わせてやれましたし」
「久々?任務にでも出てたんですか?」
「いえ。ここ数日大物が狩れなくて」
「ああ、それは・・・」
大変でしたね、と言っていいものか悩み俺はその言葉を肉を一緒に飲みこんだ。
「里で売っているものでは駄目なんですか?わざわざ狩らなくても肉なら街で手に入るでしょう」
余程新鮮な肉にこだわっているのかと思ってはみたがそうでないのもわかっていた。
この人は街で肉を手に入れることはできない。
理由はわからないが、自販機の使い方すらわからなかったほど浮世離れした人だ、肉を手に入れることも男にとっては困難なことなのだろう。
「・・・それが・・・・」
カカシ先生は俺の質問に言いよでいる。
大方肉屋の場所でもわからなかったか?
俺は呑気にそんなことを考えていた。
「金が無くて・・・」
けれどカカシ先生の答えは俺の予想だにしないものだった。
「は?」
金が、ない?なんで?上忍だろう?それも超がつくほどのエリートで、その報酬も桁違いのはずだ。
(・・・・この人浪費癖でもあるのか・・・・?)
何に使っているかわからないが、食う金もないというのは頂けないな・・・。
「数年前から報酬が全く入らなくなってしまったんです」
「へ?」
使っているわけじゃなく、元でになる金を貰ってない?
「カカシ先生、それは本当ですか?」
「・・・はい」
「あの、ではずーーっとタダ働きを?」
「はぁ、まぁ、そういうことになるんでしょうか・・・・?」
カカシ先生はバリバリと頭を掻いている。
「あの・・・大変失礼かもしれないんですが、タダ働きには理由が?」
「・・・・いえ、ない、と思うんですが・・・」
「すっごい高価な壷割ったとか、街一つ破壊したとかで借金返済とかではないんですね?」
「ない、です」
「・・・・・・・。あの、そのことを上の者は何と?」
「・・・特に何か言ったことは・・・。俺はほとんど里外だったので自分で金を使うことが無くて・・・・」
「気がつかなかったんですね・・・・」
ヤバイ、ほんとに泣きそうになってしまった。
なんて可哀想な上忍なんだろう・・・。
この男は金を使う暇もないほど、ずっと、ずーーっと働いていたのだ。
「おかしいな、とは思ってたんですが」
思ってただけか・・・。
任務中の必要経費は里で落ちる。男は自分で稼いだ金を使わなくても、まぁ、問題ないといえばないだろう。
暗がりに慣れた目はカカシ先生の姿をはっきりと映し出した。
激しく頭を掻いている様子に、胸が詰まった。
誰かに相談したかったのだろう。そして誰も相談する相手がいなかったのだろう(上忍なのにパシらされてるくらいだから)。でなければ大して知りもしない俺にこんな重要な話しをするわけがない。
飄々として見えたが、垣間見てしまった男の日常はそれは侘しくまた切羽詰っている。
「カカシ先生、明日お暇でしょうか?」
「?はい。七班の任務だけですが」
「だったら、その任務が終わったら俺に時間をください。今日、馳走になったお礼をしたいので・・・」
「・・・・はぁ」
「明日受付で待ってます」
「・・・・わかりました」
頷くカカシ先生に俺は頑張って笑いかけた。じゃないとやってられなかった。
この日、俺はカカシ先生をちゃんと気に留めようと誓った。
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